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葡萄酒と蛾

 どうも寝つきが悪い。いつもだったら、葡萄酒ワインを一本も呑めば、とりあえずは眠れるはずだ。が、呑めば呑むほど冴え渡るのはなぜだろうか・・・?

 そうか、安物の葡萄酒ワインのせいだな・・・。

 

 ジョージ・アームストロング・カスターは、自身の幕舎に置かれた簡易寝台ベッドの上で上半身だけ起こし、その背を寝台板ベッド・ボードに預けていた。

 中央に吊るされたハリケーンランプの淡い光に、葡萄酒ワインの壜ををかざした。あと一口か二口くらいか?そのまま、それを自身の頭より上にかざすと傾けた。葡萄色の液体が勢いよく落ちてゆく。それを、口唇を開け、うまく受け止めた。

 空になった壜を、幕舎の向こう側に投げ捨て、そのまま上半身を横たえた。

 

 先日のブラディ・ナイフの予言は、信じていないにもかかわらず、自身の脳裏と心の片隅でひっかかっている。

 精霊カチーナの声か叫びかはしらないが、最初はなから信じていないのにもかかわらず、だ。実際、これまでの戦闘の際にも、ブラディ・ナイフは幾度かそんなお告げをいってきた。自身、内心ではせせら笑っていたが、ほかの佐官たちの進言とおなじように扱い、従ってきた。それは、あくまでも戦術上必要であると判断したことであり、にみえず、耳にきこえぬものに従ったわけでもなんでもない。

 が、今回の予言だけは、これまでと違っていた。その内容はさることながら、どうも嫌な感じがする。

 そう、なにか嫌な予感が・・・。

 

 迷い込んだのか、カスターの視線のなかで、一匹の蛾がふらふらと飛んでいる。それはまるで、自身の人生のようだ、とカスターは苦笑してしまう。さまざまな戦いで功績をあげ、それなりの評価を得て地位を獲得もした。だが、その精神こころが満たされることはない。すくなくとも、いま、それで満足しているわけではない。

 これからどうなるのか・・・。いや、これはこの国のことでもこの騎馬隊のことでもない。あくまでも一個人のことだ。

 ジョージ・アームストロング・カスターは、この将来さき、いったいなにをし、なにをせず、どうなるのか?あるいは、どうにもならぬまま、いかように流れてゆくのか・・・。


 葡萄酒ワインに火照った体躯に、微風があたった。だれかが入ってきたのかと思ったが、幕舎の入り口の垂れ幕がめくられた形跡はない。すくなくとも、風が入ってくることはないはずだ。

 不意に、ハリケーンランプの灯が消え、幕舎内に闇が落ちた。

くそっシット!」カスターは毒づいた。石油オイルが切れたのだ。上半身を起こそうとしたとき、簡易寝台ベッドの脇に、なにかがいることに気がついた。いや、わざと気がつかされたのか?夜目に慣れてきたに、たいそう小さいシルエットがかろうじて認められる。それは、この世のものではない、そう、ブラディ・ナイフがのたまっている精霊カチーナのように、存在をもたぬもののようだ。

「・・・!」そして、動こうにも指一本動かすことができぬことに気がつき、カスターは戦慄した。これは、精霊カチーナなどというかわいらしい存在によるものではないのではないのか・・・?


「ミスター・ジョージ・アームストロング・カスター、アメリカ陸軍第七騎兵隊の連隊長、ですね?」

 確認された。だが、カスターは発声するどころか頸を縦に動かすことすらできない。

「ご挨拶に参りました、カスター将軍ジェネラル・カスター。わが名はタツミ。「竜騎士ナイト・オブ・ドラゴン」の称号を与えられし、しがなき暗殺者です」

 そのきれいな英語は、この国では到底きけぬものだ。すくなくとも、この国にいる者で、これだけきれいな言葉遣いに発音をもちいる者はいない。

「これから、あなた方はわたしを相手にすることになります。どうかお見知りおきを。そして、死と破滅とを存分に味わっていただきますよう・・・」

 その声音には、なにもこもっていない。しかし、それはまるで信仰する神の啓示のように、カスター自身の脳と精神こころに直接語りかけられ、響き渡った。


「ふふふ、神の啓示・・・。そう、あなた方は、神と戦うことになる。存分にされるがよろしかろう。ご健闘を心より祈ります」

 ささやかな息吹とともに、耳朶にそう囁かれた。刹那、瞼が重くなり、あがらうことかなわず、それに身を委ねた。


 はっと気がつくと、幕舎内は明るくなっていた。視界の隅で、なにかが動いたのでみ上げると、一匹の蛾がふらふらと飛んでいる。

 先ほどとなんらかわることなく・・・。

 いまのは夢か?安物の葡萄酒ワインで、やっとまどろめたのか・・・?

 体躯も動く。上半身を起こしてみた。それから、おもむろに幕舎の向こうをみた。つい先ほど、葡萄酒ワインの壜を放り投げたのだ。


「・・・!」

 カスターは、両のを瞠り、同時に寝台ベッドから体躯を起こしていた。

 

 机代わりにしている積み上げた木箱の上に、一本の葡萄酒ワインの壜があった。

 それは、まぎれもなくカスター自身が幕舎の隅に放り投げたものだった。

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