十三の使徒(おなご)
『ひょ、ひょにかく・・・ひゃっかだ、ひゃっか・・・』
実の妹に右の頬をむんずとつかまれ、力いっぱいひっぱられてもなお、頑固に反対する厳蕃。その息子は、もはや手の施しようもない、とばかりに悲しげに相貌を左右に振っているし、年少の連中は相貌を下に向け、両の肩を震わせ笑っている。それより年長の連中は、さすがにあからさまに笑うような失礼なことは控えてはいるものの、それでも口の端がむずむずと動いている。
『子犬ちゃんのことだ、子犬ちゃん自身のひょとを、黄龍のひょとをひゃなせばよかろう・・・』
『あ、それ面白いかも』
沖田が喰いついた。面白い情報があるに違いない、とばかりに、その相貌にはにやにや笑いが浮かんでいる。
『なんだと?わたし自身の話しなど、面白くないぞ?あっちこっちでもてまくり、文やら贈り物やらを断るのに難儀しまくった、という話しなど、ここにおるすべての漢どもがきいて面白い、とおもうとはとうてい考えられぬがな?』
お座りし、白くてふさふさの尻尾で地を掃き、肉球で全員を指し示しながら嘯く白き巨狼。
漢どもは、たしかに面白くなかった。
『またまた、冗談がきつい、壬生狼・・・』
せせら笑っているはずの藤堂の声音が震えているのは、気のせいだろう。
『以前に申したはずだぞ?われらは、真の姿でおることは滅多にない。たいていは、人型だ。武将だぞ、武将。甲冑姿など、それはもう女子どもを恍惚とさせたものだ』
『なんだと?』
厳蕃の叫びで、全員がはっとそちらを注目した。すでに頬をつまむ妹の掌から解放されてはいたものの、自身で叫んだことすらわからないかのように、あらぬ方角を呆然とみつめている。
『それはさぞかしもてたこったろうよ』
昔、「京でもてすぎて困っている」、と臆面もなく郷里へ文でしらせた土方が鼻をならした。
『信じておらぬであろう?まあよい、信じる者は救われる、というくだらぬ理屈も、ここにおる漢どもには通用せぬらしい』
『信じるよ、信じる。で、奥方は?それだけもてるんだ、奥方もだまっちゃおるまい?』
眉間の皺が、まったく信じていないことをありありと物語っている。いまや、土方の自慢の相貌には、皮肉な笑みが貼りついていた。
『一夜のうちに十三人だ。すごかろう?』
ふんっと長い鼻をならし、白いふさふさの毛に覆われた胸をはり、白き巨狼はいい放った。
奇妙な沈黙と間・・・。
『なに?十三人って、十三人とどうするの?』じつに子どもらしい興味を示す玉置。
『十三・・・。忌み数じゃないか・・・』とは、系統の違う神を崇拝するフランク。
『盛りすぎだろ、それ?』『ありえねぇ、ぜってぇありえねぇ』『またまた、壬生狼・・・』とは、永倉、原田、藤堂の「三馬鹿」。そして、藤堂の声音がここでも震えを帯びているのは気のせいか?
『いや、まさか神様ってぇのは、そっちのほうも絶倫ってわけなのか?』
その呟きは、無論、一昔前はそっちのほうも盛んだった土方だ。
『もっといけるところではあるがな・・・』ふふん、とまたしても鼻をならしながら嘯く白き巨狼の思念が終わらぬうちに、突然、夜空に雷鳴が轟き、同時に稲妻が走った。
月と星が瞬く、雲ひとつない夜空に、である。
『ひいいいいい』
白き巨狼の悲鳴もまた、夜空に轟いた。
全員が驚愕の表情を向けると、白き巨狼は馬車の下に潜りこみ、そこでぶるぶると震えている。
『あら、奥様の警告でなくって、壬生狼?』
信江はそう断言し、ころころと笑った。
おっかなさすぎる・・・。漢どもは戦慄した。
一人、厳蕃だけはその夜空をみ上げ、物思いに耽っていた。
メテオライトの近くでみた映像。それが自身のなかにいる神獣たちの人型の姿だったのだ・・・。