巫女と山神様との思い出
『坊の、ああ、死んだ坊の母上は、死んだ坊にそっくりだと・・・、いいえ、死んだ坊がそっくりだったときいていますが・・・』
斎藤が控えめに尋ねた。おなじ「土方二刀」の一刀として、相棒のことを知りたい、と思うのは当然のことであろう。
その問いに、厳蕃は柔和な表情で大きく一つ頷いた。
『ああ、あの子は、容姿も性質も母親にそっくりだ。いや、厳密には、あの子のほうがあらゆる面で控えめだったかな?外面がよかったのであろうの、あの子は?』
咳払い。厳周だ。このままつづけさせれば、父親は「あの子」をくさしはじめるに違いない。
その息子の無言の制止に、厳蕃は苦笑してしまった。
ちらりとあの子に視線を向けると、やはり篝火から微妙に距離を置いたところで、眉間に皺を寄せ、こちらをみている。
『姐御と師匠は?姐御と師匠、なんていうか、雰囲気が似てますよね?おなじ気みたいなものをもってますし?』
藤堂だ。
『いや、兄妹ってきかされりゃ、ああ、そうかって思うけど、それをしらなきゃどうだろうか・・・?』原田につづき、斎藤が苦笑した。
『すくなくとも、おれは姐御と会ったことがあったし、その後に師匠と会ったがわからなかった。もっとも、坊が柳生の血筋だということに気がついてはいたので、師匠や厳周が坊となんらかのつながりがある、ということは推測はしていたが・・・。そこに姐御までが、とは思いもしなかった』
『そりゃ、ある意味手玉にとられてたんじゃねぇか、えっ?それをいうなら、副長、あんた、まったく気がつかなかったものな?』
永倉に指摘され、土方は逆切れした。
『おれによめるか、ええっ、「がむしん」さんよ?おれに柳生の心がよめるというのか、ええっ?』
全員が笑った。
『あの子ですら、会ったことのある妹のことがわからなかったのだから、義弟が気がつけるわけもなかろう?』
厳蕃の苦笑まじりの弁護に、沖田がすかさずのっかってきた。
『ということは、姐御がさすが、ということですね?ま、坊は兎も角、助兵衛でいんちきな俳人など、どうにでもだまくらかせますから』
『ちょっとまちやがれ、馬鹿総司っ!』怒鳴り散らすよりか、声音にどすをきかせる土方は、さすがに学んだに違いない。
『まぁまてまて、話しがずれておる。そこは、妹が女狐・・・、痛いっ!』
言の途中で、妹に強烈な肘鉄を腹部に喰らった厳蕃。またしても爆笑がおこった。
『まだわたしが二つか三つのとき、年齢の離れた姉は、わたしの掌をひき、遠くの村まで遊びに連れていってくれたのだ。まぁ城下だと、遊び相手があまりいなかったということと、そうだな、おそらく、姉もわたしも普通ではなかったので、村の子どもらや山の動物たちとのほうがつきあいやすかったのだろう・・・』
苦笑とともに語られてはいるが、だれしもが感じた。巫女、そして、神の依代たる姉弟の気兼ねと戸惑いとを・・・。
『だが、姉は走り回ったり木によじ登ったり、そんなことをしているうちに、わたしの存在などすっかり抜け落ちてしまうらしく、わたしを山やら谷やらに残したまま、さっさと帰ってしまうのだ・・・。真っ暗になり、一人ぼっちのわたしは泣いた。めそめそと泣きつづけた。すると、いつもどこからともなく・・・』
厳蕃は、そこまで語ると不意に口唇を閉じた。なにかを思いだしたのか、気がついたのか、一瞬の後にはっとした表情になった。
『そうだ、いつもどこからともなく、ばかでかい犬が現れ、わたしを励ましてくれながら屋敷まで連れて帰ってくれたのだった・・・。そうだ、いまさらだが・・・』
『まことにいまさらだな、子猫ちゃん?それは、山神だ。犬、もしくは狼だ。おまえをずっと護ってくれていたのだ。だからこそ、お前の姉、つまり巫女は、おまえを置き去りにして帰ってもよかったわけだ。それを知っていたからだ』
白き巨狼の思念だ。
全員がなるほど、と思った。
『ああ、そこは理解できた。が、泣き疲れ、ぼろぼろになって帰ったわたしは、毎度、両親や高弟たちからお小言をくらい、夕餉抜きの罰も喰らった。姉が、つまり巫女が、わたしが勝手にふらふら遊びにいってしまい、探したがみあたらない、と訴えて。しかも、案じすぎて泣き疲れ、床に入っているというおまけまでついていた。これも山神様のご加護のお蔭なのか、ええっ、子犬ちゃん?』
静寂。そして、爆笑。
やはり、柳生の女子は一筋縄ではゆかぬ。はちゃめちゃだ、とだれしもが腹を抱えて笑った。
いま、頭上にあるお月様は、その昔、日の本の山のなかで一人寂しがり泣いていた幼き弟と、屋敷に戻ってからそれを置き忘れたことを思いだし、最高の演技でごまかしたお茶目な姉を、おなじように静かにみ護っていたに違いない・・・。




