「ここ掘れわんわん」
真正面からみると「お間抜けなお顔」の「偉大なる魂」は、騎兵隊が駐屯していることを知らせにきてくれたのだ。
『ブラックヒルズに大隊がいる』という幼子の報告に、スー族の二人は黒光りする相貌に驚きの表情を浮かべた。
『「ララミー砦の条約」に反しています』
呪術師は、眉をひそめたままつづけた。
『ブラックヒルズは、サウスダコタ州とワイオミングの州境に位置する山地の名です。その条約により、そこは、不可侵地となっています。なのに、なぜ騎兵隊が・・・』
ワパシャが幼子に尋ねた。白い頭の鷲さんは、なにかいっていなかったか、と。
『山を掘ってなにかを探しているようだ、と。白い頭の鷲さんはいってました』
幼子は、そういってから小さな相貌を右側にたおした。
『その山を掘れば、なにかでてくるの?』
幼子の問いはもっともだろう。まさか、騎兵隊がそこを掘って、土地を開拓するわけではないのだろうから。
『いや、あそこは・・・』ワパシャが部族の伝承を思い起こしている横で、原田が自身の掌を自身の拳でぱんと、音高く叩いてから叫んだ。
『金目のものにきまってる。ああ、きまってらぁ・・・。「ここ掘れわんわん」だ。知ってっか、鉄?「ここ掘れわんわん」の御伽噺?』
「ここ掘れわんわん」は、日の本の言の葉で表現する原田。
『大判小判がざっくざっくっていう御伽噺?まさか、亜米利加はそうじゃありませんよ、左之兄』めずらしく、市村がまともなことを答えた。刹那、その勉学の師の相馬の相貌がぱーっと明るくなった。
『「ここ掘れわんわん」ですよ、左之兄。これ常識でしょう?』
『よければ、殴ってやってもいいんだけど、主計?』
まるで天照大神が天岩戸にこもってしまった後の世かのような表情へと暗転した相馬に、心底気の毒そうに、否、あきらかに面白がって提案する沖田。
『馬鹿なこといってんじゃねぇっ!』
ついに土方が切れた。その怒鳴り声が、大平原を駿馬よりもはやく駆け抜けてゆく。ついで、幼子の指笛も。幼子の指笛は、いまや芸術的といってもいいくらいの音色になっていた。
『オーバンコバン?それはなんですか?』生真面目な表情で尋ねるイスカに、土方は苦笑とともに答えた。
『金のことだ・・・。そういえば、西部では金が出るんだったよな?たしか、ヴィトの友達の清国人の子の親は、それで一攫千金を得て紐育に移ったはずだ』
土方のいうとおりだ。
スー族の二人も、その子のことをはっきりと覚えている。「送別会」にきてくれたからだ。
『いえ・・・。あそこは、西部とは違います。あそこに金はありません・・・』『いや、ワパシャ・・・』ワパシャを、イスカがさえぎった。
『昔、そこを流れる小川で砂金がとれた、という伝承があります。ですが、それはあくまでも伝承です。かりに本当のことだったとしても、大昔のことで、いまは金どころか金粒一つありませんよ』
『じゃぁ、なんで?』
藤堂の問いは、しごくもっともだ。
その伝承を信じ、掘ればでてくるという発想、否、希望的観測なのだろうか・・・。
騎兵隊は、原田や市村のごとくお馬鹿に違いない、と幾人の者が考えただろうか・・・。