若き「三馬鹿」の元服の儀
簡単ながら市村、田村、玉置の元服を行うこととなった。間もなく最終目的地。新天地に上陸する前に形だけでも元服させようという土方のほんの親心であった。
烏帽子親には市村には沖田が、田村には伊庭が、そして玉置には柳生厳周が、それぞれ務め、そのままそれぞれの流派を正式に継承することとなる。
子どもらは、といっても髭をあたらねばならない年齢になってはいるが、三人ともおおいに喜んだ。とくになにがかわるというわけでもないが、それでもひとつのけじめが大人の仲間入りをさせてくれるのだ。三人とも相貌を高潮させ、双眸をきらきらと輝かせていた。数年ぶりに着用する着物と袴。背丈も充分あるので持ってきていたもので充分間に合った。
柳生家の元当主は、さすがに武家の棟梁であっただけあり準備は怠りなかった。母国で三人分の烏帽子を準備していたのだ。これにはさすがの土方も驚き、子どもらと同様感動を覚えずにはいられなかった。元服の話も厳蕃の方から振られたものだ。子どもらが師匠に抱きついて喜んだのはいうまでもない。
曇り空の肌寒い一日、この日は全員が和装に身を包んだ。無論、信江も着物姿に高島田。着物は郷里名古屋友禅。桜をあしらったそれは、土方が渡航前に三佐に頼んでこっそり作ってもらったものだ。そして、簪は京の老舗から取り寄せた桜の花簪。こちらも三佐経由で入手したものである。
せめて着物や簪なりとも、というわけだ。信江が喜んだのもまたいうまでもない。そんな信江の眩しいまでの笑顔は、久方ぶりに土方に精神のやすらぎを与えたのだった。
そして、この信江の着物姿は、本人やその夫以外にもおおいに受けた。仲間たちはいうまでもなく同性のキャス、そして船員たち。
日の本を訪れていたとはいえ、そこの情勢が和装自体間近でみることを許さなかった時期である。信江の着物姿にだれもが興奮した。ニックなどは売り物であるはずの写真機を船倉からひっぱりだしてき、船の工員の一人に撮影させたほどだ。現像液なども運んでいた為、失敗も多かったが何枚かはいい記念写真が撮れたらしい。それらは土方らにも手渡された。
居並ぶ武士と異国の船員たちがみ護る中、土方が市村、田村、玉置の順に烏帽子を被せてゆく。烏帽子親はそれぞれの烏帽子子のすぐ傍で佇立している。
永倉の秘蔵の酒がこれもまた厳蕃が用意した杯に注がれ、それを烏帽子子らが呑み干した。
ニックが拍手を始め、ついには全員が拍手して三人の大人の仲間入りを祝福する。
そのとき、船首から狼の遠吠えが響き渡った。長く低いそれは、狼神のものだ。
「われわれからも祝福を」厳蕃が叫んだ。その隣では白き巨狼が四つ脚を踏ん張り遠吠えをしており、その大きな背には赤子が白狼の太い頸に自身の腕をしっかりと回して掴まっている。
空には朱雀が弧を描いていた。朱雀も仲間だ。やはり祝福をしているのだ。
『同胞、無理するな。なんだそのへっぴり腰は?』
「馬鹿を申すな、なにゆえわたしまで?召還の手助けだけでいいだろう?」
『一神でも多い方が有難さが増すであろう?』「なんと、数の問題か?」神の依代はおおげさに驚いてみせた。水が苦手なのは自身ではなくうちなるものの方。白き虎は火を統べる神。まさしく、水を統べる神とは対極にある。
『仕方ない。同胞、跨れっ!ゆくぞっ』
厳蕃が跨り指笛を吹くのと同時に白き巨狼が船首から海上へと飛び降りた。不覚にも上げそうになった悲鳴を必死で呑み込む厳蕃の前で、その甥が「きゃっきゃっ」と歓喜の声を上げている。
船上ではこの船の乗組員たちが大騒ぎで欄干に駆け寄り、仲間たちは余裕のていでやはりそれに近寄る。
海神が海中から宙空へと高く飛び跳ねてきた。その頭部に白き四つ脚の獣が颯爽と着地する。
「大人の仲間入りをした三名の漢たちに祝福を!海と大地、水と火、獣と人間の神が若き漢たちの前途を導こうぞ!」
厳蕃の虚勢ともいえる祝福の辞に口の端を歪めて苦笑する獣神。そして、その足許でも海神がなかば迷惑気に小さな双眸をくりくりさせていた。火の神を頭上に戴くとは、とでもいいたげに。
『セドナッ!!』
スー族のイスカが欄干から身を乗り出して叫んだ。興奮で黒光りする相貌が真っ赤になっている。
セドナとは北のエスキモーの民が信仰する海の女神のことだ。
さすがは大精霊だ。ワパシャも同様に興奮している。やはり一緒にきてよかったと感動する。
「おれたち、絶対に立派な漢になろうな」市村が親友二人にいった。あらゆる意味で認められる漢にならねば、土方そして烏帽子親をはじめとした人間はいうまでもなく、神々にも申し訳が立たない。さらには近藤やあいつといった死者に対しても。
「立派にならなきゃ地獄に堕ちるかな?」不安げな玉置の視線の先で人獣を頭上に戴いた海神が宙空で華麗なる舞を披露している。
「気楽にいこう」烏帽子親の厳周がその肩を叩きながら励ます。
「やれるさ。いや、やってみせる」「その意気だ、銀」田村の肩を無事な方の腕を回してやさしく抱いてやる伊庭。蝦夷からの付き合いはいまや二人の絆を強固なものにしている。
「負けるもんか」その隣で熱き漢市村が両の拳を握りしめて叫んでいる。
「あーあ、誰かさんみたいに失速するなよ、鉄」そして冷静な沖田。なんだかんだといいながらでも沖田は市村を後継者として立派に育て上げるだろう。
誰もが同じ気持ちだ。
力の限り踏ん張って仲間の背を護りたい、という・・・。
異国の曇り空の下、元服の儀式は無事に終わった。




