闇の子・・・
無言のまま歩をすすめる三人。正確には、ほかの二人の異常なまでの緊迫感に、最後の一人が戸惑っている状態であった。
その最後の一人とは、厳周である。かれは、父親と従兄の緊張感のなか、言の葉を失っていた。
そして、そのようななかにあっても、かれの想いは死んだ従兄へとついつい向いてしまう。
柳生俊厳・・・。辰巳という二つ名で呼ばれ、「竜騎士」の称号をもつ、世界的にも有名な戦士。日の本でも、その活躍ぶりは異国と大差なかった。多くの生命や矜持を護り、それ以上に多くの生命や将来を奪った。
土方歳三を主と仰ぎ仕え、それを守護し、蝦夷の地において、みずから首を刎ね飛ばした・・・。
悲しみしかない漢・・・。
悲しみにおしつぶされ、その呪縛から逃れられぬ漢・・・。
厳周自身は、本物の辰巳に会ったのはたった一度きりだった。
尋常でないことはわかっていた。なにがどう、という域ではない。すべてが違った。それは、厳周自身の父親とは違う、またなにか違うものであった。違うなにかであった・・・。
うまく表現したくとも、それができぬ自身がもどかしい、とすら思える。深い?濃い?だとすればなにが深くて濃いのか・・・?
厳周は、前方にひろがる木々をみた。月の光も星星のそれも届かぬ、混沌とした闇が静かに横たわっている。
そうだ・・・。厳周は、それをみつめながら、心の臓をなにかに鷲づかみにされたような衝撃を受けた。
闇・・・。まさしく、この闇のようだ。深くて濃い闇・・・。従兄は、この闇そのものだ。
厳周は、自身の結論にたいし、またしても心の臓を揺さぶられるような痛みを感じた。
だとすれば、従兄はいったいなんだというのか・・・。
だとすれば、従弟として生まれかわってきた従兄は、なんなのか・・・。
そして、これかからどうなるのか。どうなろうというのか・・・。
「息子よ、今宵の鍛錬はやめておいたほうがいい」
先を歩んでいた父親が、それを止めて振り返り、そう忠告していたことに、厳周はようやく気がついた。
「父上?それはどういう・・・」
さらに、従兄はというと、橡の枝上に座し、そこで脚をぶらぶらさせながら親子をみおろしている。
「雑念だらけだ、息子よ・・・。かような調子では、鍛錬にならぬであろう?」
「・・・。申し訳ありませぬ。大丈夫です、やれます」
厳周は、そう訴えた。こちらの考えは、その雑念がなんなのか、父親にはおみ通しのはずなのだ。それなのに、かようないいかたをしてくることに、厳周は、つい反論したくなった。訴えたくなった。
かようなこと、これまでに一度もなかった。自身の父親に対し、かような思いは一度たりとも抱いたことはなかった・・・。
「戻れ・・・。いまのおぬしでは死ぬぞ・・・」
父親がそう告げた。
そして、くるりと背を向けまた歩きだしたのだった。




