ジョージ・アームストロング・カスター
ジョージ・アームストロング・カスターは、オハイオ州ニューラムレイで生まれた。父親は、農業をする傍ら、鍛冶屋としてもそこそこ腕の立つ漢であった。
貧しいながらも両親の愛情に恵まれ、肉体労働で稼ぎながら大学を卒業した。そして、聖職者になってほしいと願う両親の反対をおしきる形で、超難関といわれるウエストポイントの大学の試験を通過し、陸軍の士官候補生となった。
性格は、派手好み。世渡り上手であり、人心を操作することを躊躇しない。そして、それをおおいに活用することもまた好んだ。
こつこつと努力したり研鑽を積んだり、というのが好きでなく、騒動を好んだ。ゆえに、大学の成績はよくなく、陸軍という枠のなかでも問題を起こすこともすくなくなかった。
が、かれはもとより軍人としての才覚が人一倍備わっていた。そして、それ以上に勇敢だった。どんな戦局であっても、どれだけ不利な状況であっても、迷うことなく敵に突っ込んでいった。ゆえに、南北戦争で活躍し、台頭した。そして、その戦が終わると、生来のむらっけが前面にで、ささやかな騒動を巻き起こした。が、それも南北戦争時の活躍の効能か、闇に葬られた。
そして現在、かれはアメリカの誇る第七騎兵隊の連隊長という地位に就いている。
それは、インディアンと戦うことを主としている、といっても過言ではない戦闘集団であった。
とはいえ、カスター自身、当初はインディアンとの戦いに乗り気だったわけではない。むしろ、まったくなかった。ゆえに、無断で責任を放棄し、家に帰ってしまうというような、子どもじみた振る舞いをすることもあった。しかし、この頃になると、それを厳しく罰しなければならない側も、当人も、そうといっていられないほど、状況は深刻かつ悪化の一途をたどっていた。
事態は、もはやインディアンとの衝突だけではなく、政治的経済的な問題もまた、降ったりわいたりしていたのだ。
当人も、この頃になって、あらゆる状況に向き合うだけの落ち着きと常識を、やっともつようになったらしい。
「また怪しげなまじないか、ブラディ・ナイフ?」
葡萄酒の壜を片掌に、カスターはインディアンに尋ねた。
かれらはいま、ブラックヒルズという山地の近くに駐留していた。そこは、「ララミー砦の条約」により、不可侵地とされている、サウスダコタ州とワイオミングの州境に位置する山地である。
つい先年、かれらは、そこでスー族と交戦状態に陥った。そこに、鉄道敷設のための前面基地を建設しようとしたからだ。あきらかな条約違反である。スー族が怒るのも無理はない。だが、建設資金が枯渇したおかげで、全面戦争だけは回避された。
だが、それ以降、ぴりぴりとした緊張感がずっとつきまとっている。なぜなら、いまだその不可侵地に居座っているからだ。無論、騎兵隊が、である。
じつは、かれらはここであるものを探していたのだ。そして、かれらはまだ当分の間は、そのあるものを探しつづけなければならなかった。
「口髭、脅威がちかづきつつあります」
ブラディ・ナイフと呼ばれる老呪術師は、夜空をみ上げたまま厳かに告げた。
かれは、アリカラ族と呼ばれる部族の酋長であり呪術師でもある。
インディアンは、すべてが白人に敵対しているわけではない。スー族やチェロキー族、ナバホ族など、大部族から敵対されたり追われたりする少数部族の多くが、白人に味方することを選んだ。ひとえに、生き残るため、部族を護るために。
ブラディ・ナイフもその一人だった。後、カスターが戦死するまで、その片腕として付き従ったインディアンである。
「脅威?ふん、くだらぬまじないだ」
自慢の口髭を指先でしごきながら、カスターはせせら笑った。
インディアンは髭を蓄える習慣はない。ゆえに、カスターの立派な口髭を、そのまま呼び名にしているのだ。
「これは、まじないなどではありません。精霊の声です」
酋長であり呪術師でもある老インディアンの相貌は、月と星星の光の下、黒光りしている。
カスターは、葡萄酒の壜をかたむけると、その酒精をいっきに喉に流しこんだ。
質の悪い酒精は、喉すら焼くことなく、ただそこを通っていくだけだ。
「ふんっ、脅威でもなんでもくるがいい」
吐き捨てるようにいうと、カスターは幕舎に戻っていった。
その脅威が、この後、カスター自身の生命を奪うことになるとは、カスターどころか、精霊の声をきいたブラディ・ナイフすら、予想だにできなかった。