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興業 タマ斬り

 フレデリック老の農場での最後の夜。

 この夜も、フレデリックは貯蔵してある肉類を、一行に大盤振る舞いしてくれ、一行はそれらを心ゆくまで味わった。


『そうだ、師匠マスター、フレデリックにもあのすばらしい業の数々をみせてあげてくれないだろうか?』

 シードルの入ったカップを片掌に、フランクが厳蕃に近寄り提案した。

 亜米利加このくにの者たちも、いまや厳蕃を師匠マスターと呼んでいた。そして、厳周のことは子息ジュニアと。

 トシシゲやトシチカは、呼びにくいらしい。

『すばらしい業?』

 厳蕃は、お気に入りになったフレデリック老特製「アップルパイ」の並んだ皿から秀麗な相貌を上げ、フランクに尋ねた。そういいつつも、ほかの二神ふたつがみへの牽制も忘れてはいない。

弾丸たま斬りだよ、師匠マスター?』

『ふむ・・・』

 厳蕃は、口唇の周りについたパイのかすを指先で拭い、それをぺろりとなめとった。

『だが、あれは見世物ではない・・・』

 と、躊躇している横で、『さあさあ、おつぎは弾丸たま斬りだ、お立合い!一宿一飯の恩義あるフレデリックに、われら流派の最高の業の一つ「神速弾丸たま斬り」を披露しようという剛の者、業師はいるかい?』と、まるで見世物小屋の客寄せのごとく、大音声で呼びかけた者がいた。

 無論、お祭り好きにして賭博好きの原田、にきまっている。

 全員が注目した。つぎは、大岩をひっぱるのとはわけが違う。しかも、篝火があるとはいえ、夜の帳のおりた、視界がかならずしもいいとはいえぬなかでの弾丸たま斬りなのだ。

 さしもの永倉、沖田、斎藤の三剣士すら、相貌をみ合わせ、躊躇している様子だ。

『ちぇっ、なんでぇ新八、おめぇですらびびるってか?』

 せっかくの舞台を、こうもあっさりおりてしまう親友に、原田はがっかりしたようだ。

『左之、これは遊びじゃねぇ。フレデリック老におみせするんだったら、なにも弾丸たま斬りでなくっても、例の何人上に立てるかってやつでもいいだろう、ええっ?』

 永倉のたしなめは正論だ。全員がうんうんと頷いている。そして、フランクもまた、自身でいったことが軽率であったことを恥じたようだ。

『すまない、つい』と素直に詫びた。


『いや、上に何人立てるか、というのも、重労働で肉体的に疲労している全員に負担がかかってしまうだろう。さりとて、恩義あるフレデリックになにかをしたい、という思いはわたしも同じだ』

 厳蕃は、そういいながら原田の肩を一つ叩き、それから土方に向き直った。

『わたしたちが披露しようと思うのだが、義弟よ』

『ええっ!』全員が驚きの声を発した。そのなかには、義弟の妻も含まれている。そして、いわれた義弟自身も。

『いえ、待って、待ってください、義兄上あにうえ・・・。この視界の悪いなか、まだ一度も試したことのないおれにそれをやれ、と?』

 そこまで口唇の外へだし、口唇のうちで『死ねと?死ねとおっしゃるのか?』と呟いた。

『・・・?なにを勘違いしておるか、義弟よ。なにゆえ、おぬしを誘う?心の臓か眉間を撃ち抜かれるにきまっているおぬしに、かようなことをさせるわけがなかろう?妹を未亡人に、甥をててなし子にするわけにはゆかぬ』

 突っ込みどころ満載の言に、全員が俯いて笑いをかみ殺している。沖田などは、かみ殺す遠慮などもちあわせているわけもなく、すごい勢いで笑っている。


『わたしたち柳生一族でやろうと申しておる。わたし、息子、信江に甥でな・・・』

 つづけられた厳蕃の内容もまた、突っ込みどころ満載であった。

 柳生一族?信江にその息子は、土方一族、であることはいうまでもない。

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