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華麗なる薪割り

 玉置と厳周が薪割をしている。無論、二人はただ漠然とそれをおこなっているわけではない。

 薪割ほどいい鍛錬はない。

 切り株の上に置かれた太い枝を、斧で両断してゆく。その一つ一つの所作は、太刀を振るうのと同じくらい繊細でなければならない。呼吸ひとつとっても、それはやはり、太刀と同じものでなければならぬのだ。

 厳周は、鍛錬の一つとして尾張の柳生邸で、ほぼ毎日のように薪割をつづけていた。

 じつは、柳生の道場では薪割がいい鍛錬になることをだれもが知っているので、だれもがそれをやりたがった。ゆえに、柳生邸では薪はつねに売るほどあった。実際、薪割りをし損ねてしまった住込みの弟子たちは、近所の屋敷にいってはそこで割った。そして、高弟たちは、老人宅をまわってはそれをおこなった。 厳周、そして、父の厳蕃、叔母の信江も、薪を入手するのが困難な家にいっては薪割したり、あるいは薪を割ってもっていったりしていた。ついには、それは、人助けになっていた。

『柳生の薪』とは、そういう経緯で呼ばれるようになったのである。


「厳周兄、きいてる?」

 玉置に呼ばれ、厳周ははっとした。

 最近、なにに対しても集中できない。ついついほかのことを考えてしまっている。いまの玉置のように、「きいてくれている?」と問われたり、年長者からも同様に「きいているのか?」と問われることが多くなった。

 いや、理由はわかっている。わかっているのだ・・・。


「厳周兄、大丈夫?厳周兄?」

「すまない、良三。わたしはだめな師、だな・・・」

 斧を小脇に抱え、厳周は弟子に素直に詫びた。

 二人はすでに半日はつづけており、フレデリック老一人だったらこの先何か月もいけそうなほどの量を割っていた。

「厳周兄、坊もすごかったんだよ」

 厳周の剣術の弟子は、機微に聡い。なにより思いやりがある。このときも、気が付いていたがなにも触れず、師の自嘲気味の言も受け流スルーした。

 師の死んだ従兄の話をすることで・・・。

「従兄殿のことかい?こんどはいったい、従兄殿のどんな奇跡ミラクルをきかせてくれるというのかな、わが弟子マイ・ディサイプルよ」

「薪割のこと!」玉置もまた、斧を小脇に抱え、師ににっこり笑ってみせた。


「坊は、薪を放り投げ、薄刃の小鉈を一閃二閃させては割っていた・・・」

 厳周に教えたのは、玉置ではなかった。伊庭だ。こちらもまた、剣術の弟子であり蝦夷時代からの弟分でもある田村を従えている。

 伊庭は、田村と家屋の修繕をすべてやり終え、戻ってきたのだ。

「あっずるい、八郎兄っ!わたしがいおうとしていたのに」

 玉置は後ろを振り返り、せっかくのいいところをかっさらっていった伊庭に文句クレームをつけた。

「すまない、良三。京で屯所を訪れた際に、たまたまそれをみかけてね。あまりの手際のよさに、しばし見惚れてしまったものだ。小鉈がまるで生きているかのようにひらひらと舞っていた。かような薪割は、坊しかできぬだろう」

 厳周は、敬愛する兄貴分と視線を合わせた。

「従兄殿らしい・・・」それから、苦笑した。

「薪割だけではないですね。わたしもみましたよ。屯所を訪れた際に、従兄殿が隊士たちの洗濯物を洗濯していました。なんと、柔術の基礎にならった方法で洗濯をしているのです。もっとも、そのお陰で、探している対象だとわかったのですがね」

 厳周が苦笑しながら告げていると、木々の間から母屋の裏口へと向かっているケイトがみえた。

 泣いている、のか?

 かのじょの様子がおかしいことを察し、厳周は即座に駆けだした。斧を小脇に抱えたまま。

「厳周兄、どうしたの?」「厳周兄?」

 驚いたのは玉置と田村だ。走り去る厳周の背に驚きの問いをぶつけたが、無論、なにも返ってこない。


「いいんだ、二人とも・・・」

 伊庭も気が付いていた。ゆえに、そのままいかせてやったのだ。

「厳周はさぼり、だ。二人とも、後で母さんマミーにいいつけてやれ。さあ、あいつのかわりにおれがやる。銀、手伝ってくれ。ちゃっちゃと終わらせてしまおう」

 その伊庭の声音と表情かおに、玉置と田村が気が付かないわけはない。田村もまた機微に聡いほうなのだ。

「承知」子どもらは、互いに視線を合わせたが、かすかに頷きあってから了承の意を示した。

 そして、三人で薪割を終えた。

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