真っ白な敷布(シーツ)
ケイトは、フレデリック老の寝台の敷布を取り込もうと悪戦苦闘していた。
洗濯物が多い為、母屋の裏手にひろがる林の木の枝に綱を渡し、そこに干しているのだ。
先ほどから風が吹いていて、真っ白なシーツがそれにあおられ翻っていた。ケイトの白くて細い指先が、いままさに敷布の先端にかかりそうになった瞬間、さらなる風が吹き、無情にもそのまま敷布を空に舞い上げてしまった。
ケイトは、風に飛ばされた挙句、木の枝にひっかかった敷布を、その下からみ上げていた。だれかを呼びにいけばいい。だが、みな、それぞれの作業で忙しい。こんなことで時間や手間を取らせたくない。途方にくれた。
そしてついに、ケイトは決断した。決断してから行動に移すのははやい。
信江に剣術の指南を受けるようになってから、とはいえ、いまはまだ基礎体力をつける為、腕立てや腹筋、足腰の上下運動等ばかりであるが、それでも、日を重ねるごとに心も身体も強くなっているような気がする。
幸い、敷布がひっかかっている枝は、さほど高くない。木登りなどしたことがあるわけもないが、太い幹をよじ登れるかもしれない。そこから掌を伸ばせば、きっと届くはずだ。
ケイトもまた、信江と同じように男物のシャツに男物のズボンという姿だ。というよりかは、信江のものを譲ってもらっている。ズボンは、島田が丈も腰まわりも女子でもはけるように繕ってくれたものだ。
木登りするのには、最適な格好というわけだ。
慎重に上ってゆく。指をかけられそうな窪みや、とっかかりを利用した。さほど上る必要もなく、目線に敷布がうかがえた。ゆっくりと片方の掌を伸ばしてみた。が、もうすこしのところで届かない。自然と体躯ごと傾きはじめた。その瞬間、片方の脚がすべった。あっと思う間もなかった。落ちる、と考える間すら・・・。
気がつけば宙に浮いていた。正確には、地面より2ft(約60cm)位のところで、横になる格好で浮いていた。が、すぐに脚が地に着いた。
『申し訳ありません』どきどきしているところに、きこえてきた謝罪の呟き。はっとわれに返ったケイトがみ下ろすと、そこに幼子が立っていた。
幼子は、視線を合わせることなくそのまま跳躍した。その刹那、幼子の姿は木の枝の上にあった。ケイトがみ護るなか、幼子はそこから敷布を取るとすばやくたたみ、また跳躍して地に降り立った。
幼子は、敷布をケイトに差しだした。それから、『私は、あなたの体に触れたことを心から謝罪します』、とまったく視線を合わせることなく低い声音で囁いた。そして、ケイトがそれを受け取ると、それ以上なにもいうことなく背を向け、歩き去ってしまった。
小さな背をみつめるケイト。
そのきれいな相貌の青い瞳から、泪がとめどなく零れ落ちてゆくのだった。