三神(みつがみ)様とがんばってみる
土方は、肩におかれた鉄鎖の重みを感じつつ、隣に立つ義理の兄の傷だらけの上半身に視線を向けずにはおれなかった。
これはもう傷は漢の勲章、という範疇をこえている。
自傷行為・・・。義理の兄は、あらゆる重圧から逃れる為、自身の体躯を平気で斬り刻む。一方で、自身以外の生命となると、それこそ、その大切さをわかりすぎるぐらいわかっている。だからこそ、厄介なのだ。
いま一人、その義理の兄とまったく同じである人間を、土方は知っていた。ところせましと刻まれた傷・・・。他人を傷つけることに怖れと罪悪感を抱き、それから逃れる為、自傷する。
二人とも異常だ。完全に精神を病んでいる。そして、それ以上にやさしすぎる・・・
『義弟よ、わたしの裸に見惚れているようだが、あいにく、わたしにそのような気はないぞ』
義理の兄の苦笑にそえられた言に、土方はわれに返った。義兄の秀麗な相貌が、土方自身のそれをじっとのぞきこんでいる。同時に、シャツの裾が引っ張られる感じがあった。みおろすと、最愛の息子が、やはり伯父と同じ案じ顔で、父親をみ上げている。その黒く小さな瞳の奥に、土方はあいつをみたような気がした。
『父上、大丈夫でございますか?』
小首を傾げ、案じる息子を抱きしめたい。その衝動をかろうじて抑え、土方は息子ににっこり笑っていった。
『おれがおまえたちの足を引っ張ることが気にかかっているだけだ。案ずるな、息子よ・・・』
土方は嘘をついた。息子が真の理由を理解していることを承知しつつ・・・。
『さあ、ゆくぞ。義弟よ、くれぐれも無理はするでない』
『承知しております、義兄上』
そして、土方の想いのことは、義理の兄も承知している。
三名と一頭は、それぞれ位置につき、それぞれの方法で精神統一と気の充実をはかった。
土方はともかく、厳蕃と幼子、白き巨狼のそれは、もはや脅威を通り越すほどのものだ。
地面そのものが鳴動し、空気そのものが振動する・・・。
『はじめるぞ!』
厳蕃の気合の雄叫びと同時に、四本の鉄鎖がぴんと張られた。
土方もがんばった。自身、おれはがんばってる、と自身で褒めたたえたくなるほどだ。
『あなた、素敵ですわ』
なんと、仲間たちと並んで見物している妻からお声がかかった。土方は、うんうんと踏ん張りながら、それが嬉しくてしかたなかった。
『あなた、もう充分ですわ。はやくおどきなさいませ。三神様の邪魔になりますわ』
つづけて飛んできた叫びに、土方はもうすこしでつんのめるところだった。
そりゃそうだろうよ・・・。土方は悲しくなった。虚しくなった。そして、情けなくなった。それでも、二人と一頭の邪魔に、というよりかは邪魔にすらなっていないという認識はある。
土方は、そうそうに諦め、妻の助言に従うことにした。
『おいおい、こんなものか、おぬしらの力は?これではまるでやや子だぞ、ええっ?』
『やかましいっ!やや子だと?ならばおぬしはびびりではないかっ!』
『親子喧嘩はおやめくださいっ!』
『親子と申すなっ!』『親子と申すなっ!』
三神様たちの口喧嘩に、大地の鳴動と空気の振動が重なった。そして、ついに大岩の唸り声がそれらにかぶった。
『気合が足りぬぞっ!馬鹿息子どもっ!』
ついに、白き巨狼は依代たちを一喝した。
『うおー』依代たちの口唇から漏れるたのは、もはや人間の、というよりかは獣の雄叫びだ。
人間が、言の葉どころか息をすることすら忘れてみ護るなか、ついに動きがあった。
轟音とともに、なんと、大岩が地面より引っこ抜かれた。文字通りの意味で。まるで、やっとこで抜かれたかのように、地面よりすぽんと引っこ抜かれた大岩は、三神様たちのさらなる気合の雄叫びとともに宙を舞った。絵に描いたようにゆっくり弧を描きながら、それは轟音とともに地に落下した。
小高く盛り上がった土の上に、大岩はふたたびあおの威容を示した。
それはまるで、空のもっと上から落っこちてきたメテオライトのごとく、地に突きささっていた。




