大岩と野獣
『これもまた大きな岩だな・・・。まさか、これも例のメテオライト?』
『馬鹿いえ、平助、こりゃただの岩、ここにもともとあるもんだ。ねえ、そうでしょう、フレデリック?』
原田が尋ねると、フレデリック老は悲しげに頷いた。
それは、玉蜀黍畑の近くにあった。
昔は荒れた土地だったのだろう。その名残がいまだに残っていた。この大岩のせいで、フレデリックの父親もそのまた父親も、この周囲で作物を育てることができなかった。無論、草もはえるわけもなく、家畜を放牧することもできない。
『老いた牛馬では、これを牽引して動かすこともできん。たとえ動かすことができたとて、これだけ大きけりゃ、この場からどうすることもできん』
『フレデリック、せめてあの高台まで移動させれば?』
厳蕃が指差した先は、草も木もはえていない、土が盛り上がったようなところだ。そこなら、大岩があっても不便ではないだろう。
『まあ、あそこなら、邪魔にはならんが・・・。馬たちに曳かせるというのかね?』
『まさか!』
厳蕃はふわりと笑った。『馬たちに負担はかけたくないですからね』その答えを機に、永倉ら「三馬鹿」が全員に呼びかけた。
『さあさあ、お立会い。われこそは、という力自慢はいるか?最高の鍛錬になるぞ』
『よし、だれが一番の力自慢か、賭けようじゃないか?』
永倉は兎も角、原田はあいかわらず、である。まったく懲りない「永遠の賭博師」だ。
『よし、やるか』意外にも、一番に名乗りをあげたのは沖田だった。『おれも』『わたしも』とぞくぞくと参加を申しでる。それを眺めながら、永倉は満足げに頷いた。
『師匠、というわけで、全員参加です。どうです、例の流派の研究も兼ねて、こつを伝授してくださいよ』
『無論だ。ニックの農場の木の根とは比較にならぬが、これだけいればできぬことはないだろう・・・』
そして、永倉以上に満足げな表情の厳蕃。全員の師としては、こんな突拍子のない挑戦に挑もう、という弟子たちの心意気が純粋にうれしくなる。
『どういうことじゃ?なにをする・・・』
『フレデリック、かれらは、かれら自身の力でこの岩をどうにかしようというのですよ。鎖はありますか?多いほうがいい。それとタオルも・・・』
さすがはスタンリーだ。日の本の漢たちの意図をよんでいる。
『納屋にあるはずじゃ。錆びついているだろうが・・・』
フレデリック老の答えと同時に、フランクとジム、スー族の二人がすぐに取りに戻った。
そう、かれらはやる・・・。スタンリーにはわかっているのだ。
事情をきいた土方、それから信江とケイトがやってきたとき、全員が上半身裸になり、ありったけの鎖を岩に結びつけ、準備を終えたところだった。
『あれ?「豊玉宗匠」もやるんですかー?』絶対にやらないと踏んでいるのだ。にやにや笑いながら、沖田が尋ねた。全員が注目した。『やるわけねぇだろう、馬鹿総司』の答えを待つ。
『無論だ』いうなり、土方はシャツを脱ぎだした。
ざわめいた。動揺まで走った。
『おいおい副長、無茶するなって。いつもいってるだろう?動くのはおれら、あんたはでんと構えててくりゃあいい。無茶して腰でも痛めでもすれば・・・』
永倉がしごくまっとうなことをいいかけ、なにゆえか中途で言をきった。
『できねぇだろうが・・・』そして、口中でつづけた。つぎは全員が永倉をみた。土方も含めて、だ。
『なに?できねぇってなにが、新八兄?』きこえなかったその言を、よんだのだろう、市村が声高に尋ねた。それから、両の掌をぱんと打ち合わせ、『そうか、腰を痛めたら歩くことすらできないよな、うん』と、あいかわらずずれた解釈を述べる。
『だいぶんと違うと思うけど、鉄?いまのは、野獣系の意味だよ』『えっ?野獣?どういう意味、総司兄?』市村を含め、混乱する若い方の「三馬鹿」。
そのとき、『馬鹿いってんじゃねぇっ!』と、無論、土方が怒鳴った。その怒鳴り声は、風に乗って農場を駆け巡った。それは、放牧している牛馬に届いたであろう。そして、その動きを封じたであろう。
その直後に吹かれた指笛もまた、風に乗って駆け巡った。無論、野獣の息子のものだ。
『さぁ弟子たちよ、はじめるぞ。義弟よ、やるからには容赦はせぬぞ』
何事もなかったかのように、否、野獣系の話題のとばっちりがくる前に、厳蕃は土方を含めた全員に宣言したのだった。




