捜索依頼
朝食は、フレデリックが貯蔵している燻製肉をかりかりに焼き、鶏が産んだ卵で目玉焼き、フレデリックが作った小麦粉から焼き上げたパンにりんごジャムをそえ、乳牛から搾乳した牛乳、それにりんごだ。
遅くまで天体観測を愉しみ、早朝から乳搾りに卵を集め、りんごの収穫にいそしみ、一行は疲れしらずのように、農場での生活をいまや愉しんでしていた。
卓は小さい。四人しか席につけないし、皿もかぎりがあった。幸い、フレデリックの亡くなった細君は、宴会用に皿の予備を、納戸の奥のほうに収納していたのを、フランクが発見した。
「どうせ墓には持っていけない。使ってくれ」、という老人の申しでに、ありがたく従った。それでも足りないカップなどは、いつも使っている自分のものを馬車からもってきた。
それぞれが好きなだけ皿にとり、ほとんどの者が玄関先に置いてある木の椅子や柵に座って食した。
消費量が半端ないのはいうまでもない。制限をしている者がほとんどだが、それでも一行は若い。一人暮らしも同じようなフレデリックのいつもの食事量と比較すれば、まるで一個大隊がやってきて、根こそぎ食べつくしているのも同じことに違いない。
それでも、老人は、だし惜しみするどころか、幸せそうな表情で食している一行を、満足げに眺めていた。
最初の出会いはいただけなかったが、そのいただけない出会いがあったからこそ、貴重な交流へと繋がった。
これは、日の本の言の葉でいうところの、「縁」以外のなにものでもないだろう。
『息子さんに関して、軍からなんの知らせはないのですか?あるいは、本人からの便りは?』
朝食の席上で、土方は老人に問うた。が、老人は、皺だらけでの相貌をただ左右に振っただけだった。
食卓についているのは、老人と土方、厳蕃、信江だ。残りは、思い思いのところで食している。
『写真はありますか、フレデリック?』
その返答を受け、つぎは厳蕃が尋ねた。
昨日は調子が悪かったようだが、今朝は調子がいいようだ。土方は、その義兄の秀麗な横顔をみながら内心でほっとした。
『戦争にゆく二年ほど前に、街で撮ってもらったものが一枚あるが・・・』
その返答に、厳蕃は一つ頷いた。それから、義理の弟夫婦に考えていることを伝えた。
『ジェームズに頼んだらどうだろうか?探偵はそれが本業だろう?写真を朱雀に運んでもらう。文を添えて、な』
『ええ、いい考えですわ、兄上』
『さすがは義兄上。ピンカートンの繋がりは完璧でしょうし。さっそく、実行に移しましょう』
土方は、すぐさま山崎と息子を呼び寄せ、二人に事情を話した。山崎にはジェームズ宛てに文を書くよう、それから、息子にはそれを朱雀に運んでもらうようお願いすることを、それぞれ命じた。
「承知」二人は、同時に日の本の言の葉で了承し、命じられたことを実行に移す為、下がった。
『フレデリック、あなたの息子さんの行方は、ピンカートン探偵社というところの探偵に探してもらうよう依頼します。かれらはわれわれに借りがあるので、喜んで探してくれるはずです。うまくゆくかはわかりませんが、なにもしないよりかはいいかと。いずれ、かれらがあなたに接触をとってくるはずです。それまでがんばってください』
土方は、ミルクを飲み干してから告げた。コップを卓の上に置いたタイミングで、その妻がナプキンで夫の口元を拭ってやった。
『あなた、白いお髭が・・・』そして、控えめに笑った。
『ごちそうさま』老人と厳蕃が同時にいった。それは、食事に対してでないことはいうまでもない。
同時に笑う四人。ひとしきり笑った後、土方は表情をあらため、老人に告げたのだった。
『フレデリック、農場の整備も本日中に終えるつもりです。われわれも西部に戻らねばなりません。明日、ここを発ちたい、と・・・』
フレデリックは、しばし三人をみつめていた。そして、ついに口唇を開いた。
『そうか・・・。そうじゃな・・・』
そこには、じつに悲しげな響きがこめられていた。




