めくるめく情景
割れるように痛む頭を、文字通り抱えながらふらふらと歩を進めた。否、体躯自体が浮いているような感覚だ。
兎に角、離れたかった。空からの飛来物による影響なのか、それとも、ほかになにか要因があるのか、はわからない。
みなを案じさせたくない。それ以上に、動揺しているところをみられたくない。
痛みとともに現れてくるさまざまな映像・・・。これが自身に動揺以上のものを与えている。
同時に、甥も苦しんでいるのかと、あらゆることに苦しみながら案じてしまう。
実際は、さほどときは経っていないのだろうが、苦しみのなかにあっては無限の間とも思える。視界の隅に、枯れ木が数本映った。それが、先ほど通過した際にみかけたもので、ここならみなからみえる位置ではないということを、苦しみのうちでかろうじて判断できた。
そのうちの一本に、四本しか指のないほうの掌をついた。吐き気がし、えづいたがなにもでてこず、唾液だけが枯れ草の上に垂れただけだった。
もう片方の掌をつくと、そのまま両の膝が折れ、枯れ木を抱くような格好でその場にくず折れた。肩が大きく上下するほど息が上がってしまっている。
右側の眼に違和感がある。それは、自身が神の依代であることを再認識させてくれるものだ。
甲冑に身を包み、片方の掌にもう片方は拳を作ってそれを合わせ、片膝ついている。自身か、それとも違う漢か・・・。いや、複数いる。甲冑は、日の本のものではない。すくなくとも、日の本ではおめにかかったことのない、重装備である。隣で同じように控えているのは、自身よりも小柄な漢だ。否、まだ青年か、それより年少くらいか・・・。ほかにまだ二名の、やはり重厚な鎧をまとった漢たちがいる。そして、正面には、やはり、鎧に身を包んだ、それこそ、一軍の大将軍のような漢が・・・。
そのとき、頭のなかの映像がほかのそれへとかわった。
夜のしじまのなか、一つ、二つと光が浮遊している。川の近くだ。茂みから華奢な体躯が飛びだしてきた。同時に小さな光がぱっと拡散された。蛍だ。たくさんの蛍が、夜の闇のなかに飛びだしたのだ。なんて幻想的なのだ・・・。自身は、どきどきしながらその光にみとれている。すると、華奢な体躯が音もなく自身に近寄ってきた。そして、やはりなんの音も言もなく、自身を抱きしめると口唇を覆ってきた。甘い、甘美な口付けに、自身の下半身が疼いた。さらに鼓動がはやくなる。欲しい・・・。切望した。すべてが欲しい、と・・・。
情景がまたかわった。つぎもまた夜だ。
雨・・・。雨が降っている。夜、真っ暗ななかにありながら、自身は眼前の漢の驚愕の表情をはっきりとみていた。なにかいっている・・・。よくみ知ったその漢は、自身に命乞いをしているのだ・・・。
またかわった・・・。
狭い部屋だ。明り取りの窓があるだけの小さな部屋・・・。そこに横たわる小さな体躯。それを自身がみ下ろしている。血だらけの床の上に横たわる小さな体躯。それをみながら、やはり下半身が疼いた。それをみながら、欲しいというよりかは犯してやりたいと思った。陵辱し、破壊してやりたい、と切望していた。そんなことを思いながら、血まみれの小さな体躯をみ下ろしていた・・・。
「兄上、兄上、しっかりして下さい」遠くから呼ばれているような気がした。そして、物理的に衝撃を与えられていた。
重い瞼を開けるのに、かなりの力を必要とした。それを開けたとき、掌がみえた。その掌が振り下ろされ、「ぱん」と音がした。頬を平手打ちされていた。が、なんの感覚もない。
「兄上、兄上・・・」「の・・・ぶ・・・え・・・?」幾度も幾度も叫び、平手打ちを繰り返す妹は、泣いていた。妹は、わたし自身の頬を、泣きながら掌で打ち据えていた。
泣きながら、妹は、わたしを引き戻そうとしていた。




