天体
『へー、すごいなー。この空のもっともっと上から降ってきたなんて』
『それにしても、たしかに人間とくらべれば大きいやもしれぬが、この岩が落ちた衝撃で、これだけの広さの土地が陥没するとはな・・・』
田村と相馬がメテオライトの前で話をしている。
『太陽は、あんなに小さくみえるし、月もそうだ。星はさらに小さくみえる。これと同じくらいかな?』
そこにフランクも加わってきた。
『馬鹿を申すな。地球は、太陽より小さい。月は地球の四分の一だ。星はさまざまだ。地球からの距離との関係もある』
『へー、すごい』
白き巨狼の思念に、きいていた者は一様に驚いた。
いまや全員が下馬し、一昔前に落ちてきたメテオライトとその影響によってできた窪地を歩きまわっていた。
『フレデリックさん、この池、なんにもいなさそうだね?』
小さな池をのぞきこんでいる市村が叫んだ。その左右で、幾人かが同じようにのぞきこんでいる。
『ああ、ここにはなにもおらん。あの衝撃で地下水が沸いてでておるようだ。だから、みてごらん、透明だろう?魚がおらなんだら、たいていは微生物や藻類で底がみえぬのだが・・・』
老人の説明で、集まってきた者たちがさらにのぞきこみ、両の瞳をこらした。
『本当だ。底がみえる。たいした透明度だ』
うんうんと、なにゆえか満足気に頷いている藤堂の後頭部を、いつものごとく原田が掌ではった。
『なにすんだよ、左之さんっ!って、師匠?』憤慨した藤堂のその視界の隅に、一人離れて立っている厳蕃を認めた。声をかけると、厳蕃ははっとしたようだ。
『義兄上、大丈夫ですか?顔色が悪いようですが・・・』
土方が近寄ろうとすると、厳蕃は小ぶりで秀麗な相貌を左右に振った。
『いや、大丈夫だ。すこし眠いだけだ・・・。向こうで休んでいる』
そう告げると、背を向けとぼとぼと歩きはじめた。その厳蕃に、金峰が駆け寄ってきた。厳蕃は金峰の鼻面を撫でつつなにか語りかけていたが、また歩きはじめた。金峰は、そのままとどまっているが、心配げに小さな背をみつめている。
『おかしなやつめ。あらかた、メテオライトの毒気にでも当たったのであろう?』
喧嘩相手の白き巨狼の思念だ。が、あきらかに思念を発した当人がそれを信じていないようにうかがえた。
『あなた、わたくしがみて参ります』
『いや・・・。信江、おれがいってこよう』妻の申しでに、土方は自身がいくといいはった。どうも様子がおかしい。先ほどの、フレデリック老の話のときは、幽霊話と勘違いでもしているかと思っていた。が、それは違ったのかもしれない。
「大丈夫です、あなた。兄は、このところ疲れ気味のようですから・・・。助兵衛な兄上です。ずっと強がっていますが、殿方としての欲求が・・・」
信江は、日の本の言の葉に戻してそう囁いた。同性の土方は、しばし遠ざかってゆく小さな背をみつめていたが、ようやく、然もありなんと一つ頷いた。
「すまない、頼む」
信江は、土方の掌をそっとさすってから、離れていった。
『信江さん、わたしも・・・』『あなたはここにいてください、壬生狼っ!話がややこしくなります』
せっかくの申しでを、ぴしっと拒絶された白き巨狼。
『なんだ、なんだというのだ・・・』
いじいじと不貞腐れる白き巨狼の頭を、心ここにあらずの様子で撫でる土方。
かれらの息子もまた、一人離れ、様子がおかしかったことに気がつくことはなかった。




