メテオライト
いまや、フレデリック老を除く全員が、遠巻きにしてそれをみ上げていた。
「なに?この石、空から落ちてきたの?」
玉置は、震えを帯びた声音で尋ねたが、驚きのあまり日の本の言の葉を使ってしまい、慌てて英語でいい直した。
『そうじゃ・・・。星の欠片じゃ・・・』
まるで自身が落としたかのように、自慢げに応じる老人。
だれもが言葉を発することなくそれをみている。
『この辺り一帯をみよ。この星の欠片が落ちてきた衝撃で、へっこんじまったんじゃ』
老人が腕をまわし、皺だらけの掌で窪地全体を示すと、一行は、そこにいることじたいを気味悪がった。
『メテオライト、メテオライトだ』
一行の様子を面白がってみていた白き巨狼が教えてやった。その思念は、老人にも送ってやる。
『メテオライト?』市村が同じように発音した。
『そうだ。「続日本記」のことは、子猫ちゃんやわが弟子なら知っておろう?日の本でも、こいつと同じようなものが落ちてきた記録がそれにある』
白き巨狼のいう、わが弟子とは相馬のことだ。
『へー、日の本にも落ちてきたんだ。さすが壬生狼、物知りーっ!』
田村が憧憬の眼差しとともに讃辞を送ったが、じつは、「続日本記」に関する知識は辰巳のものだ。いまは亡き孝明天皇の即位継承のごたごたの際、その影武者を務めた辰巳は、あまりの暇さに宮中の書庫で書をよみ漁ったのだ。そのときに得た知識の量は膨大だ。それをいま、意識の最下層で育ての親たる白き巨狼に知らせたのである。
『これは、この空のもっと上の方からやってきたものだ。夜、月や星が光っておろう?昼にはお日様だ。それらがあるところからだ。その距離は、とてつもなく遠い。そこからなにかが落ちてくる。青い空にいたるまでに灼熱地獄がある。それがこの大地や空を護っているのだ。たいていは、その灼熱地獄で焼かれ、気化して消え去る。気化とは、蒸発だ。わかるか、お馬鹿童?』
無論、そう問われたのは市村だ。『それ、わかるよ。水を沸かしたらお湯になって、それでも沸かしつづけたら白い煙になってなくなっちゃう。それでしょ?』『おおおおっ!すごいぞ鉄っ!』相馬が感動の雄たけびを上げた。物静かな相馬が、だ。
ただし、じゃっかん違っていることは受け流した。
『ふむ、いい子だ』なんと、白き巨狼までもが認めた。その傍らでひそかに苦笑する幼子。
『その灼熱地獄をも通り抜け、飛来してきたのがこれ、だ』
そして、そう説明をしめくくった。ずいぶんとわかりやすく単純な説明だ。
『なに?大丈夫なのか、これ?たとえば、体に悪い気をもってる、とか?』
原田の問いだ。
『含んでいたとしても、たいていはその灼熱地獄で消え去っておるだろう』
白き巨狼のいうとおり、放射能など含んでいたとしても、大気圏でたいていは消えてしまう。
『白いでか犬が喋っておる・・・』
突然、フレデリック老が叫んだ。
そこか?だれもが心中で突っ込んだ。
老人にとっては、宇宙からの飛来物という神秘より、白いでか犬が英語を話すという奇跡のほうがよほど驚きなのだろう。
メテオライト。隕石のことだ。日の本では、明治五年(1875年)にはじめてそう訳された。このすこし後のことである。