夜空からどっかーん!
『なんだこりゃ?なんたってこんなところに、こんなでかい岩が?』
翌朝、昨日のつづきにとりかかる前に、フレデリック老が一行を牧草地の一つに連れていった。
フレデリック老の農場は、小さな牧草地が点在していた。牧草地といっても、規模が小さく整備されていないだけあり、草らしきものがちょろちょろと生えている程度だ。そのほとんどが、いまや牧草も消え去り、土が剥きだしになっていた。しかも、私有地であることを示す柵もまた、自然の力によってぼろぼろになっていた。
そこは、一番遠くに位置しているだけあり、だれも気がつかなかった。
その牧草地もまた、枯れ草らしきものがちらほらみえる程度だ。風が吹いた。どこからともなく、回転草が一つ、また一つと現れ、牧草地を走ってゆく。
そこはくぼ地だった。小さな池がある。何人かがその池に騎馬を寄せてみたが、いつもだったら水を呑んだり水浴びしたがる馬たちも、なにゆえか池からある一定の距離で脚を止めたまま近寄ろうとしなかった。
藤堂の素っ頓狂な叫びは当然のことだろう。不自然なまでにでかい岩が、まるでどこかからか飛んできて地に突き刺さったかのように聳え立っているのだ。
『みなにみせたかったんじゃ』
老いた騎馬をゆっくり歩ませながら、フレデリック老がいった。
『あれは、1810年のことじゃ』
そうきりだされ、日の本出身者は、等しく和暦は?将軍は?と考えた。
『文化七年です。征夷大将軍は徳川家斉公、光格天皇の御世です。ちょうどその時期、伊能忠敬が日の本の測量を行っています。そして、その二年前の文化五年には、間宮林蔵が樺太に渡って測量を行っているはずです』
さすがは相馬だ。歴史がすらすらでてくる。みな、うんうんと頷いているが、はたして、幾人が家斉や光格天皇、伊能忠敬や間宮林蔵の名を知っていただろうか?ましてや伊能や間宮の功績を、幾人の者がわかっているだろうか?
『わしは、まだこの子よりももう少し大きいくらいじゃった』
老人の話はつづく。老人は皺だらけの掌の細い指を、四十の鞍上にいる幼子に向けてから、またつづけた。
『その日、昼からずっと家畜やら犬猫鶏らがやかましかった。遠くでは、狼が吠えておった。深夜、わしはたまたま小便がしたくなったんじゃ。眠る前に牛乳を呑んだのがいけなかったんじゃな。それは兎も角、わしは寝台から飛び起きた。するとどうだ、空が光っておるではないか?すぐにカーテンを開けてみた。窓の外は、昼のように明るい。動物たちの鳴き声は、そのときにはまったくしていなかった。連中は怯え、それぞれの寝床で震えておったようだ。わしは窓を開け、空をみた・・・』
老人の話を、だれもが固唾を呑んでききいっていた。
『なんと、空から火の塊が落ちてきた。それはもう、この世の終わりのようだった。わしは窓の桟に両肘をつき、神に祈りを捧げた。懺悔もした』
系統の違う神にだな、とほとんどの者が思っただろう。
『どかーん!』フレデリック老の叫びに、「ひいいっ!」という悲鳴がかぶった。全員が驚いてそちらに注目した。フレデリック老も含めて、だ。
厳蕃だった。金峰の鞍上で、上半身を折り、両の腕で頭をかばっている。
金峰ですら、自身の馬面を必死に向けようとしている。騎手がぶるぶると震えているのを感じているからだ。
『大丈夫なのか?』老人は、その厳蕃を指差し尋ねた。
『大丈夫です。さあ、つづきを』しごく冷静に答える土方。
『星が落ちてきたんじゃっ!空から星がな・・・。ここに・・・』
老人は、皺だらけの掌で窪地を示した。
『ということは、落ちてきたってのは・・・?』
野村は、生駒を聳え立つ岩からそろそろと遠ざけだした。野村だけではない。藤堂、若い方の「三馬鹿」、スタンリーにフランク、かれらもまた同様にそれぞれの騎馬を遠ざけはじめた。
『さよう。これじゃ・・・』
フレデリック老は、満足げに答えたのだった。




