闇夜の鍛錬
満天の星空。ぽっかりと満月が浮かんでいる。
白き巨狼は、お座りの姿勢で頭上に浮かぶお月様に鼻面を向け、ついで遠吠えをしようと・・・。
「やかましいっ!」
厳蕃が怒鳴った。
「寝ている者もいるだろう。それに、家畜や犬たちが怯える。いちいち月にむかって吠えるのはやめよっ!」
『なんだと、まだなにもしておらんっ!吠えるなだと?月といえば狼、狼といえば月だ。これは常識だっ!』
「都合のいいときだけ狼面か?」
またしても喧々囂々とはじまりそうな口喧嘩に、藤堂が薄目を開けて文句をいった。
「っていうか、神様方、集中できないんですけど・・・」
『このくらいで集中できんと申すのか、ちっこいの?集中力が散漫なだけであろう?他人のせいにするでないわ』
「ひでーよ、壬生狼、ちっこいのって・・・」
「平助、壬生狼の申すことはもっともだ。たとえ不毛ないい争いだとて、集中力を妨げられぬよう意識を集中すべきだ」
藤堂の隣で、斎藤がごくまっとうそうな、それでいて辛辣な助言をした。
ぐっと言の葉を呑んだのは、助言された藤堂ではなく、神様方だ。
家屋内から漏れる灯火も届かぬ、月と星明かりだけ。放牧用の草地で、かれらは鍛錬を行っていた。
「近藤四天王」、伊庭、柳生親子、そして、土方親子・・・。
めずらしく、土方親子の親がいる。それは、まことにめずらしいことだ。「神の奇跡」的に、めずらしいことである・・・。
この夜のお題は、「精神統一」。あらゆる意味で根本になるそれを、まずは座禅から開始したのであった。
そんな神様方の争いに藤堂が文句をつけたことにより、精神統一がさらに難しくなりつつあるなか、鍛錬自体の参加がめずらしい土方が、いまだ座禅を組み、両の眼を閉じて精神統一をしているのを横目に、沖田がからかった。
「副長、へー、すごい集中力ですね?」らくな姿勢にかえつつ、沖田がいったが、土方からはなんの返答もなかった。
「副長?まさか頭上の星や月を讃える素晴らしい句でもひねってるんじゃないでしょうね?」
沖田は、身軽に立ち上がると、ズボンについた草を掌でぱんぱんと払った。それから、土方に近寄ろうとした。
「父上、父上、脚が痺れてしまい・・・」
沖田がいままさに土方の肩に掌をかけようとした瞬間、その向こう側から幼子がぴょこんと立ち上がった。が、平衡を崩してしまった。父親に小さな体躯がぶつかる。
その衝撃に、土方ははっとした。そして、自身の口許を掌で拭った。
「大丈夫かい、弟子よ?」言の葉の先生として、弟子の無事を確認する沖田。
「はい、先生。脚が痺れてふらついてしまいました」
「大丈夫か、息子よ?」
状況を瞬時に悟るところはさすがである。土方は、自身の息子を立たせてやった。それから、息子の耳朶に囁いた。
「助かった。ありがとう」と。
土方は、すっかり眠っていたのだ。
沖田にばれれば、あの世にいってからでも現世からからかいの言の葉と、嘲笑がきこえてくるに違いない。
「視覚に頼るな。相手の息遣い、気配を感じるのだ。そして、怖れるな。躊躇、迷いが太刀筋を鈍らせ、自身だけでなく相手をも怪我を負わせる結果となる。自信をもて。ここにいるのは、いずれもこれをするには充分技量と経験がある者ばかりだ」
厳蕃が説明すると、すかさず沖田が口唇を開きそうになった。
「やかましいっ、総司っ!」それよりもはやく、土方が一喝した。
「なにもいってませんよ、「豊玉宗匠」?」「馬鹿いえ、心中で叫んでるのがきこえてる」
「義弟はわたしとだ」厳蕃は苦笑した。
厳周と藤堂、伊庭と斎藤、永倉と沖田、そして、厳蕃と土方親子・・・。
暗がりでの真剣を遣っての打ち合い。
夜目がきくとはいえ、一つ間違えれば重大な事故に繋がることはいうまでもない。
この夜、ずいぶんと遅くまで鍛錬がつづいたのだった。




