「アップル・パイ」
建物の修繕を行うのも、いまでは手慣れたものだ。身の軽い者は、跳躍か誰かの掌をかりて軽々と屋根上にのぼってしまう。そして、ほとんどの者が金槌や釘を手際よく扱った。
スー族の二人とジムは、家畜の様子をみ、その周辺の用を足す。
厳蕃と厳周の柳生親子は、数頭いる老いた騎馬たちの蹄鉄を打ち直す。
「近藤四天王」とスタンリーとフランクは、朽ちかけた、というよりかは完全に朽ちきってしまっている農場の柵を直してまわった。
この日、農場に着いてから暗くなるまで、一行はがむしゃらに働いた。
『おおっ、見違えたぞ』
こもっていた台所からでてきたフレデリック老は、家屋や畜舎、そして家畜たちをみ、歓喜の声を上げた。
老人一人、小さいとはいえ、農場をきりもりできるわけもない。そして、他人を雇うだけの力もない・・・。ということは、放置するしかないわけだ。それを、直したり整備してくれたのだ。感激するのは当然のことだ。
さしもの頑固者も、このときばかりは涙ぐんだ。
『今夜は、貯蔵していた肉と酒を馳走するぞ』
フレデリック老が宣言すると、このときも一行はおおいにわいた。
肉、酒、あるいは両方・・・。
『さあっ、紳士のみなさん、焼き物の準備をしてくださいな』
『承知!』
信江の号令に、一人を除き、一斉に了承を示す漢たち。
土方は腐った。その除いた一人だ。
(おれのときより、よほどいい返事じゃねぇか・・・)と、まるで女の腐ったような考えをうじうじしてしまうのだった。
酒は、フレデリック老の密造酒。りんご酒だ。
酒の苦手な子どもらや土方ですら、これはうけた。りんごの甘酸っぱい香り、ほどよい炭酸・・・。アルコール度数はさほど高くないので、よけいに呑みやすい。が、アルコール度数が高いものを好む呑兵衛たちですら、これはまたこれで気に入ったようだ。そう、口当たりがビールに近いものがある。
そして、焼き物もまた、神様方をのぞき、全員の腹をおおいに満足させ満たした。
塩漬けのロース、ベーコン、骨付き肉、さっぱりとした塩漬けの鶏肉もあった。これもまた、フレデリック老お手製のりんごベースのつけだれがよくあった。
神様方は、焼き物は焼き物でも、網の端のほうでフレデリック老の畑で採れた唐黍や馬鈴薯を焼いて、あるいは茹でては食した。
そして、そのしめに、例の旨いものが登場した。食後の甘いものとして・・・。
『なんてこった!』と、なにゆえかあまりいい意味でない表現をする漢たち。
『なにこれ?さくさく・・・。でもって、なかはとろっとしてて、甘酸っぱい・・・。こんな旨いもの、食べたことない』
辛辣な沖田ですら、まるで食通がいいそうな表現で褒め称えている。無論、ほかの者も同様だ。
それは、フレデリック老が丹精込めて育て、もいで選定し、ときをかけて砂糖で煮、それを、これもまた自身で作った小麦粉とバターで練り、伸ばした生地に挟み、それを窯で焼いた「アップル・パイ」だ。
これには、神様方も大喜びだ。
『犬は甘いものはだめだろう?かわりに、わたしが食べてやる』『父さん、甘いものはだめだよ。わたしが食べてあげる』
『やかましいっ!馬鹿息子どもっ!わたしは犬ではない。獣神だ。神は、世界中の甘いものを味わうことのできる特権があるのだ。寄越せ、寄越さぬか』
いわずとしれた、三神様の攻防戦だ。
『神様方、いい加減になさいませっ!紳士でしょう?』
信江の一喝が落ちるのもまた、いわずとしれたこと。
そして、ぴたりとおさまる口喧嘩・・・。
やはり、信江は強い。ケイトは、あらためて母さんを尊敬しなおしたのだった。




