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小さな恋の物語とサプライズ

『ケイト、ほら』

 市村は、木の枝の上からもいだばかりのりんごアップルを一個、下にいるケイトに放ってやった。

 赤いりんごアップルは、ゆっくりと放物線を描きながら落下してゆき、下で構えていたケイトの両掌のなかにすっぽりおさまった。

『厳周兄も』隣の木の枝上には田村がいて、それまで下でテンガロンハットを逆さにしてりんごアップルを受けていた伊庭から、ついで厳周へとりんごアップルを投げた。野球ベースボールの要領で、上手投げで投げられたそれは、まるでボールのようにすごい速さで、あっという間に厳周に捕球キャッチされた。

『食べてごらんよ、ケイト。甘酸っぱくておいしいよ』さらに、違う木の枝上から玉置がそう促した。すると、ケイトは微笑とともにりんごにかぶりついた。

「おいしいわ。ありがとう」

 讃辞と謝辞は、日の本ジパングの言の葉であった。

 若い方のヤング「三馬鹿」は、そのケイトの笑顔をみ、純粋に嬉しくなった。

「厳周もかじってみて」ケイトは、隣に立ってケイトの嬉しそうな相貌をみている厳周に、日の本ジパングの言の葉で促した。

「あ、ああ・・・」ぼーっとしていたらしい厳周は、慌てて日の本ここくの言の葉で応じてから、いわれるままにりんごアップルにかじりついた。

「ほんとうだ、うまい」あまずっぱさが口中にひろがる。しゃりしゃりとした食感もなかなかいい。子どものころ、道場に通うほかの子どもらと、近所の柘榴をよく盗みとっては食べたものだが、それとはまったく違う食感に、厳周は新鮮な気がした。

「おいしいでしょう?」ケイトはくすくす笑った。その笑顔にみ惚れる厳周・・・。


「八郎兄、八郎兄ってば!」

 枝上から何度呼んでも無視される田村は、ついに怒鳴った。敬愛する伊庭に無視されるのは、田村にとってもっとも悲しいことなのだ。

「えっ、なんだって?」「りんごアップルりんごアップルを投げるよ。ちゃんと受け取って」「ああ、ああ、すまない」伊庭は応じてから、テンガロンハットがすでにりんごアップルでいっぱいになっていることに気がついた。

「おい、八郎、これを使うといい」

 と、そこへ土方がやってきた。掌には大きな麻袋をもっている。すでにりんごアップルが入っているのか、麻袋は膨らんでいる。

「なんだ?ぼーっとしやがって。さっさと収穫しちまってくれ・・・」

 土方がそういっている最中でも、伊庭はぼーっとあらぬ方向をみている。その視線を追うと、土方自身の甥とケイトが愉しそうにりんごアップルを食べているのにゆきあたった。

「おいおい八郎、おれの甥っ子をみているのか?それともケイトガールをみているのか?後者の場合はそれなりに問題トラブルだし、前者の場合はさらに問題トラブルだぜ」

 冗談めかして伊庭にいいながら、その相貌をのぞきこみ、土方は意外にも伊庭の秀麗な相貌に浮かんだ真面目な表情ものに面喰らった。

「おれたちの付き合いは何十年だ?こんな餓鬼んちょのころから知ってるつもりだったが・・・」

 土方は、自身の太腿あたりで右の掌をひらひらさせた。

「おめぇにそういうがあったとは・・・」そういいかけたとき、伊庭ははっと気がついたらしい。「まさか!誤解しないでください、副長!たしかに、そういう経験がないとはいいませぬが、厳周あいつは違います・・・」「なんだって?」突っ込みどころ満載の伊庭の応答に、土方の声は裏返った。

「あなたの甥の小さな恋物語、ですよ、副長?応援してやりたくないですか?」

「なんだって?」同じことを幾度も繰り返す土方。それから、あらためて自身の甥をみた。

 一過性のものと思っていた。同情からきているものとばかり思っていた・・・。

「副長っ、副長っ!」いつまでたってもりんごアップルを投げられない田村は、さらにいらいらとしていた。

「すまん、銀」土方は、頭上の田村に詫びてから伊庭に囁いた。「様子をみるしかねぇだろうが、ええっ?兎に角、作業に戻ってくれ」

「はあ・・・」無理矢理押し付けられた麻袋の開き口を、伊庭は両の掌でしっかり握った。すでにりんごアップルが入っている。それから、頭上の弟分からりんごアップルを受け取ろうと、相貌を上に向けようとしたときだ。

びっくりっサプライーズ!」なんと、麻袋のなかからりんごアップルが、否、なにかが飛びだしてきたではないか。

「ひいっ!」自身の掌首を斬りおとすほど気丈な伊庭も、これには驚いた。腰を抜かすほど、だ。拍子に、無様にも尻餅をついてしまった。

「ひっかかりやがった」土方が大笑いしはじめた。「八郎兄、びっくりしたでしょ?」甲高い声で笑いながら、麻袋から飛びだしてきた幼子は、尻餅をついている伊庭の前に立つと、小さな両掌を差しだし、伊庭の腕を掴んでひっぱり立たせてやった。

 土方親子は、こうしてみなを驚かせてまわっているのだ。

 その様子を木上からみていた若い方のヤング「三馬鹿」が笑いだした。


 そのときだ。「ぱーん」と木々の間を乾いた音が奔っていった。

『盗人どもめっ!ただじゃすませないぞ』

 木々の向こうから嗄れ声が飛んできた。

 みると、騎馬に跨った何者かがライフルを構えていた。

 そして、その騎馬の足許には、数頭の犬たちが身構えていた。

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