表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

302/526

Grand héros

『1858年、まだ新しい年にかわったばかりの14日の夜のことだ。この夜、皇帝夫妻はオペラ座で行われる歌劇の鑑賞をされることになっていた。四頭立ての立派な馬車が、いままさにオペラ座の前にとまろうとしていた。通りは、同じように鑑賞の為にやってきた貴族の馬車やら、一般の人々でごったがえしていた。人々は、その立派な馬車が皇帝エンペラーの馬車だと知って驚いただろう。そして、一緒に鑑賞することが光栄だと思っただろう。そんななか、通りに奇妙な音が三発響いた。「ボンッ!ボンッ!ボンッ!」とな』

 スタンリーは、いったん話を切ると、ブリキのカップから薄い珈琲アメリカンをすすった。

 車座になった一行の中央では、篝火が爆ぜ、すこし離れたところでは馬たちがひっそりと身を寄せ合っている。

 厳蕃は、篝火の炎をうっとりとみつめていたが、ふと甥に視線を向けた。他の者よりさりげなく篝火それより距離をおいたところで、甥は大人たちと同じように一丁前に胡坐をかいている。

 視線が合うにきまっている。両者の間に距離はあれど、そのようなものはさほど問題ではない。

 たつみは、スタンリーの話を、いかように思っているのだろう?いかように感じているのか?そんな愚にもつかぬことが厳蕃の脳裏をよぎっていった。

 それから、両者は同時に視線それをそらした。


『「シュー」という音ともに、通りに煙が充満した。暗殺犯たちが放ったガス弾だ』

 だれかが息を呑んだ。ガス弾、というきき覚えのない言の葉に反応したのだ。

『毒の入った空気を大砲のようなものに詰め、それを撃ち込んだんだ。それはもう大混乱パニックだ。人や馬はバタバタと倒れてゆくし、ガスを吸わなかった幸運な人や馬は、われ先に逃げようとする。そこへ、警備兵たちもやってきたものだから、よりいっそう混乱パニックした・・・。その混乱パニックに乗じて、オリシーニを含めた主犯格の四名が皇帝エンペラーの馬車に駆け寄った。いずれも、ガスを吸わなくてすむよう、ガスマスクをつけている。馬車を曳いていた馬たちも倒れていた。とはいえ、暗殺犯たちもさほどときがあるわけではない。馬車のドアを開けようとしたが、なかから鍵がかかっていた。一人が、腰から拳銃ガンを抜き、それを撃って鍵を壊した。それから、勢いよく開いた馬車のドアのうちに、暗殺犯たちはなだれこんだ。だが、その直後、暗殺犯たちはいっせいに馬車から逃げだし、騒擾の外、夜の闇へと消えた・・・』

 スタンリーは、また言葉をきると、薄い珈琲アメリカンをすすった。その間に、聴衆になにが起こったのかを想像させる為だ。

『じつは、その夜、馬車のなかに皇帝夫妻インペリアル・カップルズはいらっしゃらなかった・・・。暗殺は、五名でおこなわれる予定だった。だが、その前夜、そのうちの一名が何者かによって捕えらえたんだ・・・』

 つぎは、全員をゆっくりみまわした。そういう物騒なことに慣れている連中ばかりだ。その説明で察しがついたのか、ほとんどの者が、スタンリーと視線が合うと頷いたり笑みを浮かべた。

 そのいずれの表情かおも、どこか誇らしげな表情ものであることを、スタンリーは篝火の炎の光のなか、はっきりとみることができた。


『その翌日、主犯格四名、さらにはその仲間たちが一網打尽にされた。それもたった一名によって、捕まえられたんだ・・・。

オリシーニらは、暗殺がうまくいくとは思っていなかった。それよりもむしろ、それをすることで、自分たちの訴えを世の多くの人に知ってもらい、同情してもらい、賛同してもらいたかった。オリシーニは、それを獄中からおこなった。殺そうとした皇帝エンペラーに向けて、だ。しかも、裁判のときには、皇帝エンペラーこそがイタリアの救世主である、とさえいい募った。さきほどいったとおり、皇帝エンペラー自身、若い時分ころにはそういった活動をしていたので、オリシーニに同情し、自ら恩赦するようにとまで働きかけた。が、それは通らず、オリシーニら五名は断頭台でその生命いのちを絶たれた。ああ、断頭台、というのは斬首刑のことだ』

 また言葉をきった。それからまた薄い珈琲アメリカンをすすった。

『フランスは、その後、イタリアに介入するようになった。結局、オリシーニらの生命いのちを賭けた想いがかなったんだ。それとはべつに、皇帝エンペラーは、自身の生命いのちを助けてくれたばかりか、一味を取り押さえ、最終的には皇帝エンペラー自身の想いを遂げられるよう奔走した異国の英雄ヒーローに対し、おおいに感謝し、レジオンドヌール勲章と騎士シェブールの称号とあらゆる特権を与えた、というわけだ。それは、フランス国内においても稀にみる待遇であったという。「竜騎士ナイトオブドラゴンタツミ」の名は、フランス国内では英雄ヒーローと同義語であるといっても過言ではない。そう、かれはまさしく英雄ヒーローのなかの英雄ヒーローなんだ』


 スタンリーの話もまた、大団円とともに、全員の精神こころに、あらためて小さな英雄ヒーローの偉大さを植え付けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ