イタリア独立戦争
『いまから話すのは、「竜騎士」がフランスの皇帝の命を救った話だ。ああ、皇帝っていうのは、ジパングでいうところの天皇のようなものだ』
スタンリーはそう前置きしてからつづけた。
『その話か、クリミア戦争っていう戦争での活躍にするか迷った。その戦争で、タツミはイギリスの女王陛下から「竜騎士」の称号を与えられたんだが、活躍しすぎててどれを話していいか決めかねた。で、それはまたおいおい話そうと。とりあえずは暗殺者の魔の手から皇帝を救った話がいいかな、と思ったわけだ。もっとも、おれは、この話が一番好きだがね』
スタンリーは、そこで一息入れた。それから、その暗殺が起こった背景をかいつまんで説明した。
『イタリアって国はみんな、きき覚えがあるだろう?ほら、ドン・サンティスとヴィトの故郷のある島の国だ。そこは、だいぶん昔から小国にわかれていて、ほかのヨーロッパ諸国がそれぞれの小国に肩入れしていたんだ。つまり、サツマやトサっていった藩がまわりの藩といがみあっていて、アメリカやイギリスがそれぞれ味方してるってわけだ。そんななか、フランスがもっとも勢力を伸ばし、それから没落した。で、イタリア国内で統一しよう、封建制度をなくそうと、運動が起こった。封建制度ってわかるよな、テツ?』
『ヘッ?』突然問われ、市村は瞳を白黒させた。そして、市村以外全員が笑った。
市村がスタンリーにまで試されているからだ。
『ジパングだってそうだろう?』
『あー、幕府?幕府のこと?』じつに安直な答えだ。またしても爆笑がおこった。
『あたらずとも遠からず、だな。そもそもの意味は、 天子が領土を諸侯に与え、諸侯はさらにそれを臣下に分け、領内の政治をおこなわせることだ。その国、時期によってもそのあり方や詳細はかわってくる。帝が江戸幕府に封建制を与えた、ということだ。まあ、その見方は学者によってずれはあるようだが・・・』
さすがは相馬先生だ。そう教えてやると、市村だけでなく数名がほう、と唸った。
『主導者は青年だったが、その運動はまたたくまにひろまった。そして、イタリア独立戦争へと発展した。こういった戦争は長い。この戦争も例に漏れず、長期にわたった。1858年のことだ、イタリアの貴族、フェリーチェ・オルシーニ伯爵が所属するカルボナリという秘密結社が皇帝の命を狙ったわけだ。ちなみに、カルボナリはフランスやイギリスの秘密結社のことで、なにもイタリアにあるわけじゃない。まあ、いろんな国のいろんなことで秘密裏に動く団体ってところだ。結局、タツミの働きで、主犯格のオルシーニは捕まり獄に繋がれるが、その獄中から暗殺相手の皇帝に直訴した。イタリア統一に手を貸すように、と。面白いのが、その皇帝みずからが、若いころにカルボナリのメンバーだった、ということだ。で、結局、フランスものりだし、第三次独立戦争を経てイタリアは統一された。もっとも、あそこはローマ教皇率いるバチカンとの絡みもややこしくてな。あくまでも表面上、ではあったんだろうがね。それもつい最近のことだ。ジパングのあの騒ぎと同時期に収束を迎えたってわけだ』
『欧州系の神々が、喜び勇んで淘汰したことだろうな』
とは、白き巨狼の思念だ。
スタンリーもフランクも、もう慣れていた。苦笑とともにその思念を受け入れた。
『背景が長くなったし、おれはこういうことが苦手だから、あくまでもおれが理解していることをおれなりの解釈で話しただけだ。きっと、間違ってることもおおいと思う。それだけは心得ておいてくれ・・・。さて、こっからが本題だ。おいおい、子どもら、眠るなよ』
諧謔たっぷりのスタンリーらしく、そう笑いをとった。それからまた鼻髭の下の口唇を開いたのだった。




