Knight of legend
その夜、頭上には満月とたくさんの星星が輝いていた。
今宵の語り部は、スタンリーだ。
伸ばしはじめた顎鬚は、いまではすっかりさまになっている。それを右の掌でさすりながら、焚き火を囲む一同にむかっておごそかに口唇を開いた。
『いろいろ迷った。おれは、雇われ傭兵だ。ずっと昔から。「The lucky money(幸運の金)」号でのんびりさせてもらってる以外は、たいていどっかの国でライフル銃で狙撃し、敵の兵隊を殺していた。それに比べりゃ、「The lucky money(幸運の金)」号は仕事としては申し分ない。用心棒っていっても、ほとんど仕事がないんだ。船の仕事を手伝うにしても、おれは性が合ってるらしい。ま、船での生活そのものが、おれには合ってるというわけだ。とはいえ、いったん陸に上がってしまえば、やはり陸のほうがいいんだよな、これが。だからまぁ、いま、ここにいるってわけだ』
苦笑するスタンリーの横でちょこんと座しているフランクが、うんうんと心からの同意の頷きをしている。
『それは兎も角、おれが過ごした戦場の、あるいは戦場以外の話しっていっても、面白くないだろう?戦場以外っつても、戦争にまつわる話しばかりだ。だから、今回はおれが直接体験したわけではないが、傭兵仲間が教えてくれた奇跡を話そうと思う』
もう一度、スタンリーは全員をみまわした。そして、最後に柳生親子、それから土方親子に瞳を向け、それらとしっかり目線を合わせてからつづけた。
『伝説の漢の話し、だ。これを、とくにその漢の身内に捧げたい・・・』
スタンリーの傭兵仲間が話す、伝説の漢、それは、英吉利で女王陛下から、「竜騎士」の称号を授けられ、それがそのまま二つ名となった辰巳のことにほかならない。
『かれは、日の本で日の本独自の伝説を作った』
伊庭がスタンリーにいった。『否、あの戦以前、異国の地を巡るようになる前、日の本はまだ平和だった。その平和ななかでも、政争や、あるいは各藩のなかで起こった厄介ごとを、暗殺でてっとりばやく片付ける為に暗躍したのが辰巳だ』伊庭が口唇を閉じると、厳周がつづけた。
『それらはなにも奪われただけではなかった。救われた生命もあったし、人生そのものを肯定され、歩むことを許された者もすくなくない。正当な地位や立場を与えられた者もいる。辰巳は、各藩どころか日の本そのものを、あの戦だけでなくそれ以前にも救っている。日の本は、小さな暗殺者によって、二度救われているんです・・・』
厳周は、自身の父を、それから叔父を、最後に可愛い姿をした従兄を順にみた。厳蕃はさりげなく頷き、土方はどこか誇らしげな表情で厳周をみていた。そして、最後の可愛らしい姿形の従兄は、厳周と視線をしっかりと合わせてから柔和な笑みをみせた。
『スタンリー、われわれは、辰巳の異国でのことはまったく知らない。ゆえに、あなたが知っていることを、ぜひともきかせてほしい。ここにいるのは、辰巳とは血の繋がり以上に濃く太い絆で結ばれた身内・・・。ぜひとも知っておきたいのです』
しばしの間の後、スタンリーは、厳周だけでなくまた全員をみまわしてから口唇を開いた。
その髭面には、とてもやさしい笑みが浮かんでいた。