泥沼の論争
『容貌は?二枚目だった?』
なにゆえか、疋田忠景の話でさらに盛り上がる一行。無論、その後釜の現夫をのぞいて、である。
田村の問いに、全員が柳生の親子に注目した。
『忠景殿は、叔母上より年齢がかなり上でしたが、それでも二枚目で渋いな漢でした』
厳周は、思いだしながら説明した。そう、師としてだけでなく、叔父としてもやさしく頼りがいがあったのだ。
『やめなさい、厳周!わたくしの殿方の好みからかけ離れています』
信江に窘められ、厳周はむっとした。これは、育ての母ともいえる信江にしかせぬ、厳周の子どもっぽい反応だ。
『これは異なことを、叔母上?叔母上は、好みの質だからこそ忠景殿と・・・』
『やめよ、厳周。忠景には忠景のよさもわるさもあり、義弟には義弟のそれがある。女子は、われら漢と違い、気分や時期で漢の質もかわるのだ・・・』
父親たる厳蕃もまた、息子を窘めた。が、その途中で信江の一喝がかぶった。
『お止めになるのは兄上ですっ!女子が気分や時期で漢の好みがかわるなどと、よくぞ申せたものですねっ!兄上をはじめとした男児は、女子の好みすらないではありませぬか?床でさせてくれるのなら、だれだってかまわぬのでしょう?』
信江は、馭者台の上に立ち上がり、怒鳴った。その隣のケイトは、いまでは同性の信江をすっかり母親として信頼しているし、尊敬している。突如はじまった兄妹の喧嘩に、怯むどころか母ともいえる信江のシャツの裾をしっかり掴み、女性同士の絆があることを、気丈に表明した。
そして、夫である土方は、妻から義兄へ、義兄からまた妻へとおろおろと視線をさまよわせている。
『ふんっ!「女心と秋の空」、というではないか?女子は、連れあいを亡くしても平気だろう?後家になっても、間男や陰間とまぐわうではないか、え?』
突っ込みどころがおおいどころの騒ぎではない。もはや、きくに堪えぬというよりかは、子どもたちに教育上よくない内容になっていた。
『よくもそんなことをっ!男児など、連れあいを亡くすまでもなく、隙あらば人妻だろうが芸妓だろうが、平気でやりまくるではありませぬか?』
『ありゃ、男児一般のことではなく、完全に師匠一個人の話じゃないのか?』
永倉がだれにともなく呟くと、周囲の漢たちはおおきく頷いた。
平気でやりまくる漢と一緒にされたくない・・・。
『なんだと?新八、左之、おぬしらは京に妻子がいたであろう?一度たりとも芸妓を抱かなかったと?芸妓と遊びたい、と心の片隅をまったくよぎらなかったと?そういいきれるのか?』
それをよんだ厳蕃は、体躯どころか金峰ごと永倉らに向け、詰問した。
そう問われれば、絶対になかった、ともいいきれぬのが男児の悲しい性だろう。
永倉も原田もたじろいだ。
『壬生狼、どうにかしてよ、お願い』
けなげな玉置は、自身の一言が巻き起こしたこの騒動を鎮めてもらおうと、大好きな白き巨狼にお願いした。馬車の荷台で、大きくてふさふさした尻尾が右に左に動いている。
『放っておけ!暇なのだ。くだらぬかぎりではないか?ゆえに人間は面倒臭くていかん』
お気に入りの玉置に思念を送った途端、矛先がつぎは白き巨狼に向いた。
『なんだと?年がら年中、雌狼を孕ます獣にいわれとうない』
『壬生狼、これは女子にとってはゆゆしき問題なのです!獣だからとて、野獣どもの味方をされるおつもりですか?』
兄のほうも妹のほうもさらに気色ばんだ。
『なんだと?獣呼ばわりするでないっ!わたしは獣神だ。本能の意味も人間の男児とは異なる。野獣というのは、子猫ちゃんやわが主のような節操なしのことを申すのだっ!』
神はきれた。
そして、完璧なまでにとばっちりを喰らった土方は絶句した。
もはや、混沌だ・・・。




