「がむしん」のお説教
厳蕃から事情をきいたのだろう、三人の剣術の師のみならず、永倉や斎藤、それから教育係である相馬と野村に取り囲まれ、すでにこっぴどく叱られていた。
『だいたいよー・・・』
『だまってろ、平助っ!』
その場の雰囲気を和らげようとしたのだろう、いつものように頭の後ろで掌を組み、のんびりといいかけた藤堂に、永倉が一喝した。
新撰組の時代から、現場で直接指揮するのは二番組の組長であった永倉だった。それはいまでもかわらない。近藤や土方にかわり、多くの隊士を率いるかたわら、自身もがむしゃらに突っ込んでゆく。そうして、多くの戦いをきり抜け、貢献してきた。
永倉は、農場の人たちの様子をみていたスタンリー、フランク、スー族の二人にジム、ケイトがやってくるのをみると、日の本の言の葉で話すのを詫びた。そして、三人の前に向き直って口唇を開いた。
「わかってるな、馬鹿ども?おまえらは、副長の命を無視した。いいや、それ以前に、きこえない振りまでしただろう?これが新撰組ではどうなるか?昔から、よくみききして知ってるはずだ。おまえらはなに様だ?まだ嘴の黄色いひよっこだろうが・・・」
永倉の説教はつづく。若い方の「三馬鹿」は、ただおとなしくそれをきいていた。、両の拳を握りしめて・・・。
だれもかばいやしない。なぜなら、永倉のいうとおりだからだ。
「おまえらのがなにか?左之、教えてやれ」
「ああ?おれは参加してなかった。ゆえに、権利はねぇ」
そう、此度の作戦に原田は参加させてもらえなかったのでくさっているのだ。というのは表向きで、じつは此度、原田が信江らの護衛役をみずからかってでたのだ。相馬と野村を参加させるために。これは、無論、一部の者しか知らぬが、聡い相馬に、空気をよくよむ野村は気がついているだろう。
「軽挙妄動、匹夫の勇?」
かわりに藤堂がこたえた。ふふん、とふんぞりがえりながら。
永倉は、その藤堂がおかしかったが、そこはぐっと我慢し、わざと渋面を作った。
「おまえらの命令違反で、副長が死んじまったかもしれねぇ」
全員がはっとした。いや、その意味は、なにゆえ副長だけ?しかも死ぬ?と突っ込みたくなった、という意味でだ。
「師匠の機転と腕がなけりゃあ、おまえらだけでなく、ぜってぇに副長も死んでた」
副長の死を、確実なる死を決めつける永倉。沖田などは、俯いて笑いを必死にこらえている。
「ほう・・・。そうだな。おれは弾丸斬りができねぇ、ゆえに、義兄上がいなけりゃ、ぜってぇ死んでただろうよ」
突如、背を冷え切った言の葉の刃で斬りつけられ、永倉は文字通りその場で飛びあがった。
「おお、なんだ、副長、いたのか?」永倉は、振り向かずに尋ねた。そこに眉間の皺が深く濃く刻まれているのが、前を向いたままでもはっきりとみえている。
「あぁ悪かったな、ここにいて。それと、おれのかわりに説教してくれたことも、礼をいっておく」
「ああ、いいってことよ。二番組の組長としては当然のこった」
土方との距離を、そろそろと離そうとする永倉。土方は、その永倉との間合いを神速で詰めると、そのシャツの襟首をむんずと掴んだ。
全員が奇跡をみたかのように、両の瞳を瞬かせた。
「新八、すまん」土方は、永倉の耳朶にたった一言囁いた。それだけで永倉には伝わる。
「ひえっ!勘弁勘弁」永倉はわざとおどけ、土方の掌から逃れると仲間たちの列に並んだ。
土方は、ますます小さくなって怯えている若い方の「三馬鹿」の前に立った。そして、威厳ある態度でみ下ろした。その右隣には信江が、左側には厳蕃が並んでいる。
「総司、八郎、そして厳周、天然理心流、心形刀流、柳生新陰流のそれぞれ指南する者として、弟子の腕前はどうだ?性根は?」
意外な土方の問いに、若い方の「三馬鹿」はその意図がわからずますます萎縮しだ。が、問われた三人には意図が伝わっている。
「切り紙、は通り越して、目録でもいいかも?そうなったら、副長、あなたと同格、ってことですが?」沖田がくすくす笑いながらいうと、「ええ、同感です」と伊庭がつづき、「わたしも同感です」と厳周も同意した。
「というわけだ。鉄、銀、良三、このつぎは皆伝、だ。精進しろ。それと、命を粗末にすることだけはするな。敵をみくびるな。自身の生命と相手のそれ、仲間たちのものも含め、その重みをよく考えろ。おれからはそれだけだ」
土方の視線は、眼前の子どもら三人にではなく、すこし離れたところで島田に肩車してもらっている息子へと向いていた。息子も父をみている。
息子と視線をしっかりとあわせてから、土方は踵を返した。
ここは、颯爽と去るところだからだ。
「おめでとう。さらなる精進、だな」
土方の義兄をはじめ、兄貴分たちの若い方の「三馬鹿」への讃辞や励ましの言葉を背に受けながら、土方は妻の掌をそっと握った。握り返された掌は、とてもやさしくあたたかい。
これでいいのだ・・・。土方は、子どもらの成長をうれしくもあり、どこか寂しい気もしていた。




