対峙
全員が勢いよく飛びだしてきた。勢いがよすぎて、扉から二、三間(約5m)くらいのところでたたらを踏んだ。
『ああ、そんなに慌てなくても、彼らは逃げやしないよ、ジェイムズ、それにコール兄弟・・・』
その前に立ちはだかったのは、ピンカートン探偵社の二名の探偵だ。
『おいおいおい、だれかと思いきや、おれたちをつけまわしている犬どもか?っていうことは、あれはおまえらのとこの雑魚か、えっ、探偵さんよ?』
薄ら笑いを髭面に浮かべ、コール兄弟の長兄が凄んだ。すでに、いつでも撃てるよう、指先が腰の辺りでゆらゆら蠢いている。
『ああ、あれ?おいおいおい、下手に動かないほうが身の為だよ、コール』
探偵のジェームズは、その動きを察知して注意した。
『あれは、きみらの手に負える相手ではない。きみらはきいたことはないかい?遠い西の方の国に、サムライという戦士がいるということを。かれらは、この国の兵士が束になってかかっても、とうてい倒すことができない未知の力を秘めているんだ。あれが、そのサムライだ』
探偵は、背後を振り返ると向こうの馬車にいる「近藤四天王」を指差した。
強盗団に動揺が走った。いや、かれらがサムライについての知識がふんだんにあってのことではない。未知なる力を秘めた戦士、というじつに曖昧で都合のいい表現のところに反応してのことだ。
『馬鹿いってんじゃねえっ!ここにいるのは、百戦錬磨の早撃ちの名人ばかりだ。あいつらが抜くまでに、おれたちゃ、眉間を撃ち抜いてる』
ジェイムズ兄弟の兄貴のほうがせせら笑った。サムライなど糞食らえとばかりに、中指を立てている。
『そんな下品なこと、きっと母さんが怒るよ』
そのとき、強盗団の背後から子どもの声がきこえた。
全員がはっと振り向いた。すると、いつの間にか、自分たちと家屋との間に数名の漢たちが現れていた。
『おまえらは・・・』
三人はまだ餓鬼だ。そして、その餓鬼どもらの後ろに立っている二人の漢は、まぎれもなくみ知った漢たちだった。うち一人は、さらに幼い餓鬼を抱いている。
大人も餓鬼どもも、向こうの馬車の漢たちと同じ格好だ。やはり、腰に細長いものをぶら下げている。
「おいっ、なにしてる?後ろに下がれ。前にでない約束だろうが」
土方は、相対する強盗団を油断なく睨みつけながら、若い方の「三馬鹿」の背に囁いた。
だが、三人ともきこえない振り、をしている。
土方は自身の義兄に視線を向けた。苦笑している。その義兄の胸元で、土方自身の息子がにっこり笑った。
その笑顔に弱い。このときも、土方は緊張も警戒もとけてしまいそうになり、慌てて気を引き締めなおさねばならなかった。
「おいっ!下がれっ!」再度、呼びかけたが無視された。土方は苦りきった。やはり、この三人は置いてくるべきだった。熱意に負け、連れてきてしまった。不覚以外のなにものでもない。
三人が張り切るのは当然のことだ。
再度、義兄をみた。すると、「案ずるな。すこしはかれらを信じよ。そして、われらのことも」と心中で呼びかけられた。
義兄のいうわれわれとは、義兄自身と土方自身の息子のことに違いない。
土方は嘆息した。
いざとなったら、こいつらの前に飛びだしゃいい、と至極単純な発想でかたをつけた。
それから、あらためて強盗団に「鬼の副長」の一睨みを放った。