弟子入り志願
土方の衝撃と劣等感はそうとうなものだ。
まあ、もとから土方自身に剣の腕前、というものは期待していない。さりとて、土方自身は弱いわけではない。剣術という縛りが嫌いな上にこつこつと鍛錬する、ということが苦手なだけだ。
土方は喧嘩は強い。さらには、卑劣な、もとい、奇想天外な業においては、一行のだれよりもすごいかもしれない。
だからこそ、たとえ刀で銃弾を両断できずとも、あるいはくないで銃弾を弾き飛ばせずとも、仲間のだれもそれを非難したりはしない。
からかいと嘲笑のねたにするだけだ。
そう、とくにこの漢、沖田総司は・・・。
「銃の弾丸はー、一発撃っても弾丸は弾丸-」
沖田は、例の「梅の花~」の俳句をもじり、声高に詠みながら馬たちの間を歩きまわっていた。
まるで一頭一頭に詠みきかせるかのように。
「やめないか、総司っ!季語が入っておらぬぞ」
「そうだ、それに字余りだ」
その沖田を、土方至上主義派の山崎と斎藤が追いかけ文句をいっている。
「なんだありゃ、ずいぶんとずれてやしないか?」永倉が自身の無精髭を軍用小刀で剃りながらいうと、「総司のやつもたいしたことないよな。もっとこう、ひねらなきゃ」永倉に水を手渡しながら藤堂が笑った。「ああ?おめぇもずれてるぜ、平助?そこはくだらぬことはやめろっ!と叱るのが組長だろうが?おい、新八、おれの大切な得物を、おめぇの汚ねぇ髭剃りに使うんじゃねぇよ」原田が永倉を叱りつけた。
「いいじゃねぇか?どうせ斬れ味はよくねぇ。あとで斎藤に手入れしてもらえばいいだろうが」
「そういう問題じゃねぇだろう?どんな得物でも敬意を表するのが武人だろうが」
「そうだよ、しんぱっつあん。それに、得物の斬れ味のよしあしは、得物の良し悪しじゃない。それは、あんただってよくわかってるはずだ」
ほかの馬鹿二人に責められ、永倉は不意に軍用小刀を動かす掌を止めた。藤堂がもってきた水を刃にかけ、髭を洗い流した。
「ああ、そうだな。悪かったよ・・・。どんな鈍刀だろうと、振るうべき遣い手の腕一つで業物にかわる・・・。さんざん、みせられてきたよな」
しっかりと水気を手拭で拭き取ると、鞘に納めて持ち主である原田に差しだした。
そう、かれらはそれをまざまざとみせられ、思い知らされてきた。
そして、三人はそれをみせてきた者の身内へと視線を向けた。
奇跡だ。だれよりも驚いたのは、一行とはまだ馴染みのすくない探偵二人と、そしてケイトだった。
『ええっ!まさか剣術を習いたいって?』
さらに驚いた者が一人。
厳周だ。自身を慕うケイトが、信江の神技にすっかり魅了され、やってみたいといいだしたのだ。
『よいではないか、門弟が一人増える。わが道場も亜米利加に進出すればよい』
厳周の父親は、まんざらでもなさそうだ。
『それは冗談にしても、じつにいいことだ。なにより、精神修養になる』
ケイトは喜んだ。そして、はにかみながらさらに要望を伝えた。
信江から習いたい、という。
そして、信江も喜んだ。指南することよりも、ケイト自身がなにかに興味をもち、うちこもうとしているその前向きな姿勢に対して、だ。
その場にいるだれもが思った。
この異国の可愛らしい、いたいけな少女までもが弾丸を両断し、漢たちを手玉にとるのか、と。
とくに土方は、戦々恐々とした。
『まぁっ!この娘にそんなことをさせるものですか』
信江は夫を睨みつけ、それから漢どもをみまわした。
『それに、わたしたちはおしとやかな淑女ですわ。いいえ、ケイトには大和撫子の精神も指南するつもりです』
おしとやかな淑女は、紳士を臆病者呼ばわりしない。そして、大和撫子は武士を怖がらせたりしない・・・。
日の本も亜米利加も関係なく、漢たちは、愉しそうにこれからの鍛錬のことを話し合っている二人の女子を、恐怖にひきつった表情でみつめていたのだった。