土方Jr.のタマ打ち
幼子は、くないをそれぞれ小さくて分厚い掌で握り、腰を沈めてフランクと相対していた。大人たちと違うことは、両の瞳を閉じていることだ。
フランクもまた、スタンリーと同じで躊躇した。拳銃遣いのフランクは、たしかに拳銃の方が得意だ。だが、ライフルが苦手なわけではない。正直、スタンリーには負けるかもしれないが、それでもそこそこの技量はある。スタンリー以外の狙撃手に劣ることはない、と自負がある。
幼子がすごいことはわかっている。というよりかはなにやら不可思議な力をもっている。それはきっと、西方の国の伝説に違いない。しかも、あの「竜騎士」の血族だ。凄くないわけはない。
しかし、これは違う。子どもを撃つことは、女性同様絶対にしてはならないことだ。神の教え以前の問題だ。
フランクの頬を、背を、汗が流れ落ちてゆく。あんな小さな子から、いいようのえない圧力をかけられている錯覚に陥っていた。
銃床を頬に当て、照星を小さな的に合わせる。
武士たちは、動体視力によって弾丸をみ、神業でそれを刀で斬っている。だが、幼子は、軍用小刀のような小型の刃物を握っているだけだ。しかも、瞼を閉じている。どうやって弾丸を斬る、というのか?
『フランク、遠慮するなと申したであろう?甥はみない。われわれと違い、甥はみる必要がないのだ。ゆえに、しっかりと狙って撃ってくれるだけでいい』
幼子の伯父である厳蕃に促され、フランクはようやく決心がついた。
不本意ではあるが、これがかれらの大好きな鍛錬の役に立つのならやるしかない。
深く息を吸い込んだ。それから引き金を引いた。一度、二度、三度・・・。そのたびに、「ぱん」と乾いた音が響いた。
信江のときと同じように、幼子の動きを追えたり感じることはできなかった。柳生の親子ですら、そして、幼子の母にして、先ほど神業を披露した信江ですら・・・。
音が止み、もとの静けさに戻ってからも、幼子は同じ姿勢のままだった。音がする前と違うことは、息をゆっくりと吐きだしていることだ。
残心、である。しばらく余韻を味わったかの後、幼子は姿勢を正し、二本の得物に感謝の呟きを送った。そのままズボンの背中側に差し入れ、すべてを終えた。
厳蕃が先ほどの妹のときと同じように、甥が立っているまえに近づき、やはり同じように上半身を折って地面に掌を添えた。小さな穴が一つ開いている。そこを指でほじくった。地に浅くできたその穴から、弾丸が三つでてきた。
厳蕃は心中で呻り声を上げてしまった。
発射された弾丸をくないで弾き飛ばしてそのまま同じ箇所に、同じ地面の同じ深さに埋め込む、などとは、もはや神業ともいえぬ・・・。
ちらりと甥に視線を向けると、甥も厳蕃をみていた。
口許に幼子らしい笑みが浮かんだ。が、瞳は笑っていない。
性悪の甥め・・・。厳蕃は幼子に意識下で毒づいてしまった。
『わたしが育てた子らは、二人とも瞳に頼らず、においと音、それから相手を感じることでみる、のだ。そこが人間とは違うところだろうて』
自慢げな思念は、無論、育ての親である白き巨狼のもの。
『まさか、これもやれ、と?』神業以上のものを披露した幼子の父の、悲痛なまでの叫びだ。
「なにいってる副長?あんた、これどころか、そのまえのもできねぇだろうが・・・」
永倉の至極当然で冷静な突込みに、土方だけでなく全員がうんうんと頷いたのだった。




