矢を斬る
永倉、斎藤、沖田だけでなく、いまや原田、藤堂、伊庭、相馬も居合抜きによる弾丸斬りを取得していた。無論、原田は剣よりも難しい槍での取得だ。
そして、此度、挑戦するのは島田、山崎、野村、若い方の「三馬鹿」、さらには土方である。
厳密には、此度挑戦した島田、山崎、野村は成功した。それは見事だ。ひとえに、日頃の鍛錬の成果である、と当人も含めた全員が納得した。問題は、それ以外であった。
スー族の二人、そして、相馬が並んで弓を矢に番え、構えた。相対するのは若い方の「三馬鹿」だ。腰を落とし、居合抜きの姿勢で気を集中している。そのすぐ後ろには、沖田、伊庭、厳周が、それぞれの得物を抜き放って立っている。
いざというときには三人が矢を叩き落す為だ。
「三人とも、動体視力はわれわれ大人よりはるかにいい。なんてことはない。気を集中し、よくみよ。矢など十二分にみえる。自身を信じよ」
厳蕃の指導も熱がこもる。死に繋がりかねない危険な業なのだ。が、一方ではできると確信に近いものもあった。
すでに厳蕃の注意も耳朶に入らぬほど、三人は集中している。
厳蕃は、集中力が途切れぬうちにと、射手たちに合図を送った。一間半(約27m)ほど離れた位置から、射手たちは同時に矢を放った。三人とも射手としての腕前は完璧だ。そして、それぞれ相対する子どもらの眉間を正確に狙って矢を放った。
瞬きする間、とはまさしくこのことだろう。大人たちが固唾を呑んでみ護るなか、三人は文字通り瞳にもとまらぬ速さで得物を抜き放ち、横に薙ぐってからまたすぐに得物を鞘に納めた。
子どもらの懐に入る手前の位置に、折られた矢が落ちていた。
「やったー」「やったやった」「やったよー」
子どもらは大喜びでそれぞれの烏帽子親であり、直接の師匠に抱きついている。無論、師匠たちは鼻高々だ。あの沖田ですら、掛け値なしに嬉しそうな表情で、市村の頭を撫でてやっている。
「このつぎには弾丸、だな」と永倉も嬉しそうだ。「ああ、やるね」と原田。もともと子ども好きである原田は、子どもらの成長ぶりをみ、涙ぐんですらいる。
「あぁやっぱおれ、やばいかも」頭の後ろに腕を回し、藤堂がおどけた。
「でっ、われらが大将は?」
永倉が含み笑いをしながらいい、元祖「三馬鹿」は同時に「われらが大将」をみたのだった。
そこには、妻にめちゃくちゃ怒られている「われらが大将」がいた。そして、その二人の足許には、死んだ従兄から引き継いだ二本のくないを胸元に抱え、両親のやりとりをみつめている息子がいた。
息子は、あきらかに困惑、否、びびっているようだった。