決闘(デュエル)
二対一。しかも相手は銃で撃ち合ったことがないと公言している。
キャプテン・バロンは腹心ともいえる参謀トムと無言のうちに作戦を立てた。紆余曲折はありすぎても付き合いは長く、いちいち言葉にださずともわかりあえるはずだ。そのはず、だ。
亜米利加式 決闘など糞くらえだ。そもそも、海賊に一対一などという概念はない。多勢に無勢、一方的に襲撃をする為の作戦に怠りはなく、さらに準備は完璧だ。今回はなにもかもいつもと違った。運が悪かったのだ。
自身は拳銃を選び、取り上げられていたホルダーを返してもらってそれを腰に装着した。トムも自身の拳銃に加え持ってきたライフル銃を、例の試作品をやはり返してもらいそれを構えていた。この距離ではライフル銃は不向きだ。自船でみたあの小人の動きなら一発目外されれば二発目はない。しかもそのモーゼル社のライフル銃は単発式だ。すぐに捨てて腰の拳銃にかえなければならない。一対一ならとても間に合わないだろう。したがってその隙に撃つつもりだった。すなわち、トムを囮にするつもりなのだ。さしもの小人もライフル銃と拳銃からほぼ同時に発射される弾丸に応じることなどとてもできやしないだろうから。
船上は静かだ。小波がかすかに聞こえてくるくらいでいまや甲板上にいる敵味方すべての人間は息を潜めて三名の決闘者をみつめていた。
キャプテン・バロンはわずかに腰を落とし、即座に抜けるよう右腰の銃の握り手のすぐ側で指を広げて合図を待つ。トムの方も腰を落とし、すでに左掌は撃鉄に添えられ、ライフル銃をすぐにでも発射できるように油断なく構えている。
嫌が応でも緊張が増す。なにがなんでも向き合う小人を射殺せねばならぬと殺意が湧き起こってくる。だが、小人はそうでもないのか、それからはなにも感じられない。殺意どころか敵意すらなにも。さして構えるわけでもなく、飄々と立っているだけだ。
『わたしのここをしっかり狙え』小人がいった。右の指先で自身の眉間を軽く突きながら。それからふわりと笑った。その笑みは、相対する者たちにかかっていたあらゆる重圧を一瞬の間だけ取り払ってくれた。そして、案の定、彼らはそれに引っ掛かってしまった。
柳生新陰流活人剣の極意。自身の気と相手の気を統べる妙技。
トムが撃鉄に添える左掌を自身の胸元に引き寄せようとした。すでに照星で相対する者の眉間は狙いすましている。
「ぱんっ!」空気の弾ける乾いた音が静寂の中で耳朶に痛いほど響いた。
『ぎゃっ!』そしてほぼ同時に発せられた悲鳴。その直後に甲板の床の上を滑るように転がる拳銃とその場に取り落とされるライフル銃。そして、その持ち主たちはそれぞれの焼けただれた掌を無事な方の掌で抑え、その場に頽れていた。
『作法が違ったかな?』のんびりとした口調。だれにともなく発せられたそれに応じる者はいない。否、応じられるわけもない。なぜなら、甲板上のいかなる者もなにがおこったのか、そもそも起こったことすらわからなかったのだから。ただわかっているのは決闘者の二人が甲板上で唸っていることだけだ。自身の焼けた利き掌を無事な方の掌で抑えながら・・・。
「あー、あー」赤子の声。そしてそれが掌を叩き合わせるぱちぱちという音が呻き声にかぶさる。
(・・・!?)この場にいる者の中で一番驚愕したのは、本来ならされるべき側であったはずの厳蕃だろう。さすがに表情にも気にもあらわすことはなかったが、それでも凝視せずにはいられない。 視線の先で自身の甥がなにやら声を発しながら掌を叩いている。刹那、甥と伯父の視線がしっかりと合った。両者の距離は近くない。それでも厳蕃には甥の両の瞳が深くて濃く、視えぬ左側の奥では異種の光を湛えているのがわかる。育ての親の大きな口に銜えられ、宙づりの状態で甥はすべてをみていた。否、唯一みえていたのだ、すべてを。
この子にはわかっている。この子にはわかっているのだ・・・。これはうちなるものの意識や力なのか?それともこの子自身の意識が、血が、あらわれその力を発揮しているのか?あるいは・・・。
厳蕃の視線が自身の甥からそれを銜える白き狼のやはり同じ深くて濃い双眸へと移る。
『ふんっ、血筋だろうが?』育ての親の思念だ。
なにを隠している?この子はいったいなんだ?ずっとまとわりついている違和感。これはうちなるものとは違うなにか。くそっ!どうなっているのだ?なにが起こっているのだ?あらゆる疑念が生じるが、それに応えてくれるものはいない。否、厳密にはいるのだろうがそれが応じるわけもない。
『あんた、小さいのに凄いな。ほんとに初めてなのか、決闘?』
声を掛けられ、そこで思いは引き戻された。みると、フランクが床上のライフルと銃を丹念に調べながら驚きの声を発している。
『おいおい、冗談だろう?みろよ、こっちは撃鉄だけが吹っ飛んでるし・・・』そういいながらライフルをかざし、それから拳銃をかざしてつづけた。『こっちは弾倉が吹き飛んでる。こんな神業みたことないぜ』
神業を行った当人は苦笑した。神が行ったわけでない、と返したかったがそれはやめておき、かわりに『小さいは余計だな。それに、背丈のことは他人のことはいえんだろう、フランク?』と返す。『違いない』ライフルと銃を握ったまま近寄り、それらを左側の脇にはさむと右掌をさっと差し出した。
『すげえもんをみせてもらった。一生忘れねぇよ、相棒』まずは掌と掌を合わせて叩き合い、それから握手する。『あんたの銃のお陰だよ、フランク。貸してくれてありがとう』
この頃には他の者たちもやっとわれに返り、あらためて海賊どもをふん縛り始めた。全員がまだ奇跡の決闘の余韻に浸りつつ・・・。
『ふんっ、奇跡であるものか』戦いの後始末をしている土方らに白き狼の思念が伝わってきた。
『努力の賜物だ。みなが休んでるときに練習してるのだ。あの子がそうであったようにな』
そう、奇跡などよりよほどすごいことだ。いわれるまでもなく、土方たちにはわかっていたのだ。自身らが目の当たりにしたことが日々の努力、研鑽の賜物であるということを。
そう、こういうところもあいつと同じなのだ。・・・。




