共闘
朱雀は、銀行のすぐ近くまで飛翔し、そこに保安官たちがたむろしているのをみた。その瞳を通し、幼子もまた同時にそれを感じた。
そこから、すでに強盗団が銀行を襲った可能性がでてきた。
残念ながら、この日は時間切れだ。朱雀にも限界がある。
そして、朱雀は仲間たちのもとへと戻った。
『強盗団は、獲物を襲うといったん潜伏し、それから違う州に移動します』
硬いパンに缶詰、それに煮出した珈琲といういつもの夕食をとりながら、ジェームズは一行に説明した。
ジェームズの連れは、ジェームズと同じくらいの若い漢で、名をネッドといった。市俄古で、やはり警官をしていたことがあり、そこからの転職だという。
『潜伏というのは?獲物の近くで?あるいは距離を置いて?』
土方が尋ねると、探偵は両の肩をすくめた。
『そのときによって違います。実入りの多いときは、移動するにも時間がかかる。周辺の田舎町、あるいは農場などで追っ手をやり過ごし、それからいったんばらばらになってつぎの場所で合流する』
『つぎにいきそうなところの予測はつくのかね?』
篝火の近くに、小石を重石にし、一枚の大きな地図が広げられていた。無論、亜米利加の地図だ。それをみながら厳蕃が問うた。
『今回、不発に終わっていることから、時間を置かずしてつぎの獲物を襲う可能性があります。ここから南下したアデアというところを、「ザ・ロック」の列車が走っています。かねてから、連中は列車強盗をやってやる、と吹聴しています。ここからさほど距離もありません。狙う可能性は高いかと』
ジェームズのいう「ザ・ロック」とは、シカゴ・ロック・アイランド・アンド・パシフィック鉄道という、じつに長たらしいがわかりやすい鉄道名の、究極の略称だ。
説明しながら、ジェームズの指先が地図上のコリドンからアデアをなぞった。
『うわぁ、すぐ近くだ』
全員が食べ物を咀嚼しながら地図をのぞきこむなかで、なにゆえか市村が歓喜の声を上げた。
『そうですな。この地図の縮図率が・・・』
『待ってくださいっ!』ジェームズがいいかけたところを、寝た子も起こすほどの大声で相馬がさえぎった。その思いつめた表情は、さしもの敏腕探偵たちをも驚かせた。
『ああ、そういう説明はいまはいいでしょう。ここにいるほとんどが、否、一人をのぞいて地図についちゃ理解している。それよりも、自然な流れで協力するようになっちまっているが、おれたちがあんたらに協力して、なにか得なことはあるのかな?』
土方は、地図から相貌を上げ、探偵たちをしっかりとみて尋ねた。
ちなみに、一人をのぞいての一人、というのが市村であることは疑いようもない。が、当人は気がついていないようだ。ただ一人、地図を試す眇めつ独占して眺めつづけている。
『報酬では?軍に払うべきだったものを・・・』
それがどれだけかはわからない。だが、見返りは十二分にあることだけは確かなようだ。
土方は、形のよい顎を指先でさすりながらしばし考えた。
『ピンカートンは政治的にもコネが?』
『もちろん。実際、多くの政治家の警護もしていますので。それだけでなく、軍事、経済などあらゆる方面に・・・』
『いずれ世話になることがあるだろう。おれたち、というよりかはかれらのことで・・・』
土方の視線の先にあるのは、インディアンに黒人に不幸な生い立ちの白人の少女だ。
探偵たちは察しがよかった。
『わが社は、できるだけのことはさせていただきます』
ジェームズは、大きく頷きながら応じた。
たかが口約束、だ。実際、頼るかどうか、頼ったとしてもこのときの口約束が護られるかどうか、はわからない。
だが、探偵たちのいまの心中に嘘もはぐらかしもなかった。体裁、も。
保険は一つでも多いほうがいい。
そして、探偵たちとの共闘がなった。
『ねえ、主計兄?これだったらきっと、四半時(約三十分)でいけるよね?』
地図から相貌をあげたときの市村の笑顔は、焚いた篝火のなかで眩しいくらいだ。
『おっと・・・』ふらついた相馬の体躯を、相棒の野村が抱きかかえてやった。
その野村の表情には、気の毒すぎる相棒への憐憫の情がありありと浮かんでいた。




