記者と探偵
騎兵隊が民間の銀行を警護する、ということはそもそもなかったのだ。じつは、この中隊の隊長がピンカートン探偵社とは懇意で、強盗団の話をきき、数日間だったら移動のごまかしもできるだろうと、立ち寄ったのだ。
つまり、小遣い稼ぎ、というわけだ。戦争、ではない。大砲などは威嚇に据えるだけで実際に使用するわけもない。ライフルや拳銃も、ごまかせる程度でおさえればいい。どれだけの報酬を約束されていたかはわからない。全員の酒代、女代くらいであろうか。
だが、強盗団は意外にも慎重で知恵がまわった。数日を上回り、これ以上の遅れはごまかせなくなった。
そして、騎兵隊は去っていった。
黄色い猿たちに不平と嘲笑とを残して。
無論、黄色い猿たちのなかに、そんなものを意に介す者はいないが・・・。
朱雀は、先行した相馬たちを呼び戻しに飛翔した。それから、そのまま物見に飛んだ。すでに陽は暮れ、大鷹が物見をするのにはいい条件ではない。それでも、新撰組の翼ある隊士はいきたがった。まずは街の様子を。とくに銀行の様子を、朱雀の瞳を通して幼子が感じようというのだ。そして、今回は、朱雀も賊をみている。万が一にも賊が戸外をうろうろしていれば、条件が悪くとも朱雀はみつけることができるだろう。
『あなたがヤマサキ?』
一行の紹介の際に、ジェームズはまず山崎に声をかけた。当の山崎は、ライフルから弾丸を抜きながら、当惑した表情になった。
紐育で知り合ったのだったか?この有能な監察方は、一度会った相貌は決して忘れない。さらには、きいた名前は、それがたとえ姓であろうとファミリー・ネームであろうと、記憶している。
『ピンカートン探偵社のジェームズ・マクパーランドです。「ニューヨーク・タイムズ」の記者たちとは、公私ともによくしてもらっています』
さしだされた掌を握り、握手しながら、山崎はその探偵の名を、数名の記者からきいたことがあったのを思いだした。
『記者たちがよろしく、といっていました。とても有能な記者だ、と記者たちが口をそろえていっていました』
『そうですか・・・』山崎は、言葉すくなめに応じたが、指先で頭をぽりぽりとかきながら、あきらかに照れているようだった。その様子をみながら、土方は誇らしいのと同時に、やはり紐育に置いてくればよかった、せっかくの才能と技術を潰してしまったかもしれぬ、と後悔の念に襲われた。
「いや、本人の信じる道を進むことこそが一番。すくなくとも、いまの丞の道は、一人紐育に残って記者になることにあらず。身内とともに未知なる旅の道を進むことだ」
その土方に、義兄の厳蕃はいった。頷いてみせる土方。が、心のどこかでは、やはり不安があった。それはなにも山崎だけにいえることではないし、いまだけのことでもない。
つねにつきまとう仲間たちの将来に対する不安・・・。
「先行部隊のお戻りだ。探偵さんを紹介してやるといい。わたしは、わたしの可愛い甥と街の様子を感じてこよう」
厳藩は、土方にそういうと背を向け、去ろうとした。
「義兄上」その背に呼びかける土方。義兄の背もまた、漢にしては小さいなとあらためて感じながら・・・。
「・・・頼みます」みなまで言の葉にする必要はない。義兄はすでによんでいるのだから。
そして、呼びかけられた小柄な漢もまた、呼びかけた側がよんでいることをわかっている。背を向けたまま、四本しかない掌をひらひらとふってみせた。
それだけで充分わかりあえるのだ。




