探偵(ディテクティヴ)
『念の為にいっておくが、狙撃手が狙っている。それは、あんたらではなく・・・』
土方は、そういいながら指を一本立てて眼前の四人に順番に向けた。
『向こうにいるあんたらの隊長さんを狙っている。うちの狙撃手の腕前は、あんたらの狙撃手よりはるかに上だ。そして、後ろにいる四名は、瞬きする間もなくあんたら四人の頸を宙に跳ね飛ばすだろう、これでな』
それからそのままその指を自身の左腰に向けた。
『ゆえに、おれたちをどうこうしよう、などと下手に考えぬ方がいい・・・』
土方の視線の先には、二人の騎兵がいる。
騎兵たちに対して、大胆な忠告をしたのだ。
『わかりました。ご忠告、心しておきましょう』
苦りきった表情の騎兵たちを横目に、探偵だといったジェームズが応じた。ジェームズ・マクパーランドは、アイルランド島出身で、1867年に亜米利加に渡ってきた。市俄古で最初、肉体労働や警察官、そして酒屋の主人をしていたが、市俄古を本拠地とするピンカートン探偵社に就職し、現在にいたっている。この後、かれは秘密結社「モリー・マグワイアズ」に潜入、そこを壊滅させたことで一躍有名になる。かの著名作家「アーサー・コナンドイル」の作品など、いくつかの探偵小説に登場することとなる。
ピンカートン探偵社は、エイブラハム・リンカーンの暗殺計画を阻止したアラン・ピンカートンが、市俄古の弁護士エドワード・ラッカーとともに設立した私立探偵や警備の会社である。ピンカートン探偵社もまた、著名作家によって多くの作品に登場する探偵小説の王道中の王道の探偵社なのだ。
『われわれになんの用か?』
「鬼の副長」の一睨みを受け、さしものジェームズも一瞬、怯んだ。だが、さすがは多くの探偵を抱えるピンカートンでも五指に入るだけの実力をもつ探偵だ。すぐに気をとりなおした。それから、その後は迷いも躊躇もなく相対した。
『時間がないので駆け引きは抜きで、単刀直入に申します。ジェイムズ兄弟、これは、あなた方も会ったことのあるはずかと』
『ふんっ、ジェームズにジェイムズ?まぎらわしいな・・・』小声で突っ込む騎兵の副官。だが、ジェームズはそれを無視してつづけた。
『ジェイムズとヤンガーの兄弟が、あなたたちが通過した街の銀行を襲うつもりです。いや、もう襲っているかも。とにかく、かれらを捕まえる手助けをしてほしいのです』
土方は、ふっと笑みを浮かべた。なにも相手を馬鹿にしたわけではない。なぜ?という疑問が多すぎて笑えてきたのだ。
『おかしな話だ。その銀行を護る為にそちらの騎兵さんたちが街にいたのでは?それに、襲うことがわかっていて、なにゆえそこを離れ、どこの馬の骨ともわからぬわれわれを追いかけ、荒唐無稽の頼みごとをする?』
『ご質問はごもっとも』カイゼル髭を指先でしごきつつ、ジェームズは大きく頷いてからつづけた。
『まず、ご当人たちが、あなた方こそが強盗団であると偽情報を流してきました。じつは、銀行にはたいした金額はありません。別の場所に銀行員が移しました。だから、襲われても被害はすくない。強盗団の連中は、自分たちを義賊だといっている。むやみやたらに銀行員や街の人を傷つけない。そして、これがもっとも重要なことですが、あなた方がどこの馬の骨ともわからない、ということはない。調査、というのがわたしたちピンカートンの仕事の一つなのです』
つまり、土方たちのことを、紐育に船でやってき、そこで過ごしたこと、そこを出発し、ここにいたるまでのことを調べ上げたわけだ。
『騎兵隊は、急ぎ南部に向かわねばなりません。これ以上、ここに駐留するわけにはいかないのです』
ゆえに、その代替として遠き国からやってきた黄色い猿の軍団に白羽の矢が立った、というわけなのか・・・。
探偵の言を真剣にきき、受け止めている土方と駒を並べている厳蕃は、その秀麗な相貌にしれず笑みを浮かべていた。いまだに土方の後ろでちょこんと座している甥と視線をあわせると、甥もまた小さくてかわいらしい相貌に笑みを浮かべた。
それは、茶目っ気というものからは遠くかけ離れた、驚くほど不敵な笑みであった。