カイゼル髭
やってきたのは四名だ。二名は騎兵、二名は騎兵ではない。すくなくとも、騎兵隊としての軍服はまとっていなかった。
四名は、土方らより十間(約18m)を置いたところで騎馬の脚を止めた。
『代表者と話がしたい』
騎兵の一人が怒鳴った。胸元の階級章の種類を知っていたら、それが佐官で、この中隊の副官だと理解できただろう。
土方と厳蕃が無言のまま、富士と金峰をすすめてそれぞれまえへでた。
『名を名乗れ?』
それをみた騎兵がまた怒鳴った。
「なにあれ?すごく無礼だよね?斬っちゃいたいくらいだ」
背に沖田の呟きがぶつかった。土方は、反射的に怒鳴ってしまいそうになったのを必死に耐えた。
だが、沖田のいうとおりだ。まず自身で名乗ってから相手に問うべきだ。これが日の本であったなら、無礼討ちされてもおかしくない。
『亜米利加の軍隊は、礼儀を教えられぬのか?それとも、これは騎兵隊にかぎってのことか?』
土方は、ごく冷静に問うた。本来なら無視してもよかった。いつもならそうしていただろう。が、此度は違う。相手との駆け引きにおいて、つねに相手より先んじ、有利かつ上位からそれをすすめてゆくのが「鬼の副長」の流儀なのだ。
そう、すでにはじまっているのだ。土方は、駒を並べる義理の兄、そして、背後にいる息子の気を強く感じてもいた。二人は、相手の心中をよみすすめている。
『なんだと、黄色い猿めっ!下手にでれば調子に・・・』
騎兵は怒声を吐き散らしだした。鼻から下が髭だらけだ。そして、いま一人の騎兵もまた、相貌の下半分が髭に覆われていた。
それは、まるで騎兵の象徴でもあるかのようだ。
「われらに頼みごとがあるようだ。もっとも、頼みごと、というよりかは強制と申した方がよいかもしれぬが・・・」
厳蕃が低く囁いた。同時に、土方の背後に息子が四十の鞍上からそっと移ってきた。
「賊退治・・・。かれらは、それをわれわれに協力させるつもりのようです」
背後の息子の報告に、土方は無法者たちを脳裏に浮かべた。
『副官、待ってください。かれのいうとおりです。他人に名をきく前にこちらが名乗るのは当たり前のことでしょう?』
騎兵でない一人が苦笑とともにいっていた。一般常識をふりかざされ、副官と呼ばれた騎兵はさらに怒った。
『なんだと?ジェームズ、調子にのるなっ!われわれは・・・』『まあまあ・・・。ここはわたしに任せてください』ジェームズと呼ばれた漢は、副官になにやら囁いてから土方と厳蕃をまっすぐみた。
その漢は、鞍上でジャケットの乱れをさっと直すとさわやかな笑みを浮かべた。
テンガロンハット、シャツの上にジャケットを羽織っている。そのなかに拳銃嚢がみえる。ズボンに乗馬用靴という格好だ。そして、なにより瞳をひくのが、鼻の下にある立派なカイゼル髭である。
それは、土方に榎本武揚を思いださせた。元幕臣。海軍の指揮官。旧幕府軍を率いて蝦夷まで転戦し、かの地で蝦夷共和国を建国、そこで総裁となった。
土方の背後、岩陰から様子をうかがっている島田や伊庭も同じことを思い浮かべているに違いない。
かれは、いまもまだ投獄されているだろうか。それとも、恩赦され、なにかしらしているだろうか。
土方は、束の間郷愁に身を委ねた。だが、すぐに自身の相貌を軽く左右に振って気を入れなおした。
『失礼しました。わたしはジェームズ・マクパーランド。ピンカートン探偵社の探偵です』
ジェームズは、そう名乗ってから鞍上で優雅に一礼した。
しかし、土方らには探偵の単語そのものの意味があいにく理解できなかった。




