鷹の瞳(め)、人間(ひと)の瞳(め)
「どうだ、坊?」
四十の鞍上で瞼を開けた息子に、土方は問いかけた。反対側では、厳蕃が同じように甥をみている。
幼子は当惑の表情を、その小さくて可愛らしい相貌に浮かべ、父を、それから伯父を順にみた。
「おかしいのです」馬蹄の音に負けじと発せられたその声音には、表情以上に当惑の響きがこもっていた。
「なにがおかしいのだ?」
土方もまた、当惑気味に問いかけた。しれず、義理の兄へと視線を向ける。義理の兄もまた義弟をみていた。
「わたしたちを懲らしめようという気は感じられませんでした。すくなくとも、わたしたちを攻撃する、という気持ちがいっぱいなわけではありません」
「なんだと?」
同時に叫んだ父と伯父に、幼子は気弱な笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、父上、伯父上・・・。おそらく、わたしの感じ方が間違っているのです・・・」
そして、はっと思いだしたように付け加えた。
「兵隊さん以外の漢もいました。兵隊さんの服を着ていません。ハットにジャケットにシャツ、ズボン、乗馬用靴という格好です」
「兵隊さん以外の漢は何人いる?」
金峰の鞍上から伯父に問われ、甥は即座に「二人です、伯父上」と応じた。
「どう思われますか、義兄上?」
幼子越しに問われ、厳蕃は四本しか指のない掌で形のいい顎をさすりながらしばし思案した。
「朱雀が戻ってまいりました」
幼子の言で、三人はいっせいに前方上空をみた。後ろにつづく仲間たちも、口々に朱雀の名を呼んでいる。
朱雀は、迷わず幼子の肩上に舞い降りた。
それから、朱雀はしばしの間、大好きな親友の小さな耳朶に自身の嘴をこすりつけていた。
それはまるで、内緒話をしているようだ。
「朱雀も兵隊さんたちから負の気は感じとれなかった、といっています・・・」
しばしの間を置き、幼子はまた気弱そうな笑みとともに報告した。
ふたたび、土方は義兄と視線を合わせた。同時に頷きあった。
「朱雀、ご苦労だった。ありがとう」
土方は富士の鞍上から掌を伸ばすと、息子の肩上にいる朱雀の顎の下を掻いてやった。それは、朱雀にとっては最高のご褒美だ。
それから、土方は息子の頭を撫でた。
「よくやった、坊。おれもおまえの伯父上も、おまえと朱雀の感覚を信じている」
その言に、幼子と朱雀は弾かれたように土方を、ついで厳蕃をみた。厳蕃も「そのとおりだ」というふうに無言で頷いてみせる。
「ということは、どういうことか・・・」
土方は前方をみつつ、考えた。
土煙がみえはじめた。
「致し方なし。なるようになる。そうでしょう、義兄上?」
「そのとおり」
義兄は苦笑とともに応じた。
「どうも様子がおかしい。警戒は必要だが、むやみに好戦的になるな」
土方は背後の仲間たちに呼びかけた。
「承知」
即座に了承の言が返ってきた。




