親心
フランクとスタンリーが、自分たちもいた方がいいだろうと何度も慰留を申しでてくれた。それは、戦闘を予見してのことではなく、騎兵隊とのやり取りの過程で、白人がいた方がいいだろうということからだ。
土方は、感謝しつつも丁重に断った。ジェイムズ・ヤンガー両兄弟を筆頭にする強盗団によっていいくるめられ、騙された騎兵隊の誤解を解くのに、黄色い猿が喚こうが白人が筋を通した説明をしようが、しょせん大差ないからだ。亜米利加の民である二人が、その相貌を認知されてしまうことの方がよほど危険を伴うことになる。
さらには、若い方の「三馬鹿」と野村の仏頂面に相対するのも骨が折れた。相馬からいい含められているものの、やはり、心から納得、承知してのことではない。
土方、厳蕃、さらには信江も加わり、おだてたりすかしたりし、ようやっと譲歩がみられた。
この分では、つぎからは加えなければならない・・・。土方は痛感した。せめて子どもらはできるだけ戦から遠ざけておきたい、というのが親がわりでもある土方の正直な気持ちだ。それは厳蕃とて同じことだ。同時に、いつまでも子どもではない。成長するし、それぞれ主張や想いがあり、いついつまでもそれを無視したり曖昧にするわけにもいかぬ。縛りつけたり強制すべきではない、ということも承知している。わかってはいるのだが・・・。
とはいえ、土方もその義理の兄も、こと自身らの子、あるいは甥に関してはなにゆえかそういう心配がなかった。若い方の「三馬鹿」よりはるかに年少であるどころか、まだ幼児であるというのに。
すでに漢としてみているのかもしれない。その身を案じていないとか、可愛くないとかいうのではけっしてない。
あいつを、あるいは性悪の甥を、それぞれそこに感じているからなのかもしれぬ。
イスカ、ワパシャ、フランク、スタンリー、ジム、ケイト、そして、野村ら日の本組が別れて出発した後、土方はあらためて残留組を前にした。
全員、得物を帯び、それぞれの騎馬の横に立って土方、そして厳蕃をみている。
「向かってきているのは亜米利加の騎兵隊、一個中隊だ。さっきの強盗団が、おれたちこそが強盗団だ、と言葉巧みに騎兵隊の瞳をおれたちにそらしたに違いねぇ・・・。いまごろ、強盗団は、銀行を襲い、首尾よく大金をせしめているだろう」
土方の言は推測ではなく、事実のことのようにきこえた。実際、時間のずれはあったが、「ジェイムズ・ヤンガーギャング団」は、アイオワ州コリドンの銀行を襲った。じつは、このギャング団がその銀行を襲ったのはこれが二度目であった。一度目も大成功しており、それに味をしめての再犯であった。銀行側は、それを怖れて通りすがりの騎兵隊に救いを求めたのだ。
「まさか、ぶるってるやつはいねぇだろうな?」土方は、不敵な笑みとともに一同をみ渡した。視線が合うと、だれもが鼻をならし、同時に不敵な笑みを浮かべ、それを返答とした。
「斬っちゃっていいんですか?あるいは撃っちゃっても?」
沖田は、いつものごとく大好きな土方いじりをはじめた。もっとも、このときはそれが全員の緊張と重圧を同時に緩和してくれた。
「ああ?また怒鳴られてえのか、総司?」言の葉ほど怒ってはいない。土方は苦笑とともにつづけた。
「いいや、凄むだけだ。実際は、息子がお馬さんたちにお願いし、南の方に去ってもらう。が、いつどうなるかわからねぇ。それこそ、斬ったり撃ったり、ってのも起こりえる」
『あるいは喰らっても?』
思念だ。全員が、すこし離れたところでお座りしている白き巨狼をみた。
『冗談だ。わたしの牙は、いかなる日本刀よりも斬れ味がよい。人間ごときに振るうつもりは毛頭ない』
ならば、なにに振るうのか?と全員が思ったが、そこはだれもが受け流した。
「ふんっ」ただし、喧嘩相手の厳蕃だけは、鼻をならして小馬鹿にすることを忘れはしない。
「騎乗しろ!ゆくぞっ」
土方の号令以下、一斉に騎乗し、馬首をもときた方向へと返し、拍車をかけたのだった。