武士(さむらい)のけじめと決着(けり)とは・・・
『おぬしたちは襲った相手をどうするのだ?』
キャプテン・バロンを前に英語で問うたが、相手はそれを無視した。捕らえられて拉致された先でみたもの。それは作戦に失敗し、悉く惨殺された無能な手下どもの死骸。海賊にまで身を落としてはいるが、獲物であったはずの弱者のいいなりにならないだけの矜持はある。
柳生の剣士に言語による返答は必要ない。敵の首魁の右掌に握られた細身の杖をおもむろに奪った。握りの部分が湾曲しており、ずいぶんと使い込まれている。その所作から杖が必要な脚ではないことがわかっていた。指が四本しかない左掌で握りを、右掌で杖部分をそれぞれ握り、眼前でゆっくりと左右に掌を広げる。ぎらつく太陽の光を反射しつつ現れたのは細身の刃。
仕込み杖。キャプテン・バロンの左右を固める野村と相馬は知れず固唾を呑んだ。まったく気がつかず、下手をすれば斬られていただろう。この異国人の剣の技量はわからない。細身の剣であることから、致命傷にまでは至らずとも瞳を突かれれば失明するだろうし腱を斬られれば断たれるであろうだけの威力は備えているだろう。
油断、そして無知。まるで仕込み杖で斬られたかのような衝撃。
戸惑いが二人の相貌にでていたのだろう。それぞれの肩を師匠の四本しかない掌がぽんと叩く。そこには、(これは仕方がない。だが、これからは気をつけろ)という励ましが無言のうちに籠められており、二人にはそれが理解できた。
『部下が死んだら、敵に殺されたらおぬしたちはどうするのだ?』二つ目の問いも無視されたが、それについても言語での返答は必要ない。人間は問われればその心中で返答を考える。それをよめばいいだけのことだ。
右掌の抜き身を軽く振る。対話するのだ。それは戦いには遣われたことはない。これまで、何度か遣われたのはいずれも捕らえた相手をいたぶるときのみ。武器として、剣としてけっして悪くないそれは、じつにもったいない遣われ方しかしていないと嘆いている。
『われわれには仇討ち、という概念がある。確か、騎士にもそれがあったと思うが?』
独逸語で問うと、キャプテン・バロンはカイゼル髭の下に嘲笑を浮かべた。
『わたしは騎士ではない。貴族だ。仇討ち?愚かな・・・。死ぬのは無能だからだ』
独逸語で返してきた。その漢の部下を殺害した子の父親は、向き直ると頭を下げて謝罪した。
『おぬしたちの仲間を殺したのはわたしの息子だ。父親としてのけじめはつけさせてもらう。申し訳ない。死者の冥福を心より祈る』
てらいも臆面もなく敵に頭を下げる武士。その息子や土方だけでなく、同族の仲間たち全員が驚いただろう。そして、誰もが思っただろう。神はなにに祈るのか、と。
『だが、文化の違いとはいえ部下の死をないがしろにすることについては人間として許されるべきものではない。彼らは・・・』ちらりと床板の上の複数の屍に視線を送ってからつづける。『誰の為に、なんの為に死んだのか?犬死だったのか?』
『こいつらは欲の為に死んだ。すくなくともわたしの為に死んだのではないし崇高なものや使命の為にでもない。きっと、神がそう定め給うたのだ』
『神、か・・・』英語で呟くその小さな背が、土方にはまたさらに小さな背と重なる。
『それをきいて安心した。われわれは仇討ちの相手を本懐を遂げるまで地の果てまで追い回し、必ずや仕留める。ならば後腐れはないな。果し合いで決着をつけようではないか?そうだな、キャプテン・バロン、おぬしとそこのおぬし・・・」その右の指先が指す者は参謀のトムだ。
『決闘方法はそちらで決めてくれ』
一方的な申し出に、キャプテン・バロンとトムは顔を見合わせあきらかに躊躇した。得体の知れぬこの小人に勝てるわけもない、という思いと二対一でならもしかするとという淡い期待とが交錯する。そしてあらゆる方面から幾通りもの筋書きを立ててみる。
負けるだろう。下手をすれば死ぬし、生き残ったとしても将来はない。そして、断ったとしたら海賊のキャプテンとして失格だ。恐怖も信頼も失われる。だとしたら死ぬしかないのか?本来なら故国で軍の派閥争いに破れ、そこを逃げ出したときに死んでいたはずだ。それが延び、面白おかしく愉しめた。ここで果てたところでどうなるものでもない。だが、自身をこんな境遇に落とした故国にいる連中の顔をいつかみてやりたい、という思いも捨てきれない。それは復讐というほどのものではなく、悪の限りを尽くすお尋ね者としてでも、まだ生きているということを知らしめ、連中に生命と地位と財産とが絶えず脅かされているという恐怖を植えつけてやりたいだけだ。
『ならば銃で。この国の方法にのとって』
ある一定の距離を保ち、向き合って撃ち合う。ホルダーから銃を早く抜いて撃つ、という早撃ちの技量が命運を左右する。剣でいうところの居合いのようなものだ。
『承知した。ならばわたしも銃で。一度も撃ち合いをしたことがないことを告白しておこう。ニック、この船で一番の銃の遣い手は?』
『スタンリーという漢だが、彼はあちらの船に残っているのでは?』
『おいおい、キャプテン。冗談いうなよ。スタンリーだって?あいつのは軍隊の銃だ。決闘ならおれだ。おれは決闘者だ。何度も決闘をして生き残り、ここにいる』
そういいながら前にでてきたのは小柄な剣士とかわらぬ背丈の小男だ。たしかフランクという名だ。童顔の面白い漢である。幼少に伊太利亜から移り住み、銃に魅せられてそれで生計を立てるようになったそうだ。フランクも戦闘員の一人で、日の本の武士たちに喜んで銃の扱いを教えてくれている。両掌撃ちの銃者で右側の小指と薬指がない。これは決闘で失われたのではなく、まだ駆け出しの時分に手入れをしていて暴発して吹き飛んだのだそうだ。
『フランク?おぬしが?冗談いうなよ』笑いながら小柄な剣士が小柄な銃者に近づいた。銃を二挺とも借りるよう依頼すると、銃者は驚いたようだ。『トシシゲ、おまえが?冗談いうなよ。みんなの練習をいつも眺めてるだけじゃないか?』『貸してくれたら面白いものがみられるぞ、フランク?』いたずらっぽい笑み。フランクは両肩を竦めると腰からホルダーを外し、それを小柄な剣士に差し出した。
礼を述べながら丁重に受け取り、ホルダーを抱えてそこから二挺とも銃を抜き、しばし瞑目する。銃との対話。遣い手と銃そのものを讃える詠唱が紡ぎだされてゆく。英語だ。銃は二挺ともS&WのNO.1。銃との対話が終わると、腰の「千子」は鞘ごと抜いて義弟に返し、かわりにホルダーを袴の上から装着する。不恰好だが仕方がない。わたしも洋装にするかな、との呟きを土方はきいたような気がした。
決闘の準備は整った。




