成長
『ケイト、きみは母さんや兄さんたちと一緒にいくんだ。大丈夫、きみのことは四人が護ってくれる』
厳周は、自身の「関の孫六」を馬車の荷台よりとる前に、まずケイトに告げた。両膝を軽く曲げ、しっかりと視線をあわせて。
少女にも、若い方の「三馬鹿」と同じく信江のことを母さん、それから若い方の「三馬鹿」のことは兄と呼ばせている。少女は、母親を知らなかった。死んだのか、あるいは追い払われたのか、兎に角、少女は知らなかった。物心ついたときには父親しかいなかった。母親の行方については、追い払われた父親にしかわからない、ということだ。
信江は兎も角、若い方の「三馬鹿」は、いずれもこの新しくできた亜米利加人の妹のことを、もとからいる幼子同様可愛がった。そして、兄貴ぶった。さらには護ったり庇ったりもした。
大人たちは正直ほっとした。少女を異性としてでなく、妹として、家族として接しているからだ。無論、人間の感情などどうなるかわからない。この将来、いつ、妹から女子へと転じるかわからない。なにせ、お年頃なのだ。それが起こるか、起こるとすればいつなのか、大人も当人たちもわからない。そして、それはケイト自身にもいえることだ。いまは厳周に懐き慕っているが、この将来、もしかすると他のだれかに想いを寄せるかもしれないし、ここ以外のだれかを好くかもしれない。
こればかりは、たとえ神であってもわからぬであろう。
『わたしは大丈夫』少女は、しっかりとした声音と表情で答えた。わずかな間に、ずいぶんと強くなったものだと、厳周は心中で驚かざるをえなかった。
やはり女子は強い、とも。ほぼほぼ信江しか知らぬ厳周は、世の女子が強いのか弱いのか、よくわかっていなかった。信江があらゆる意味で強すぎるが為に、そして、自身が無意識のうちに女子を避けてしまっているが為に、比較のしようもなかったのだ。仲間たちの話から、女子というものは、男子より力は劣っても精神は強い、ときかされ驚いた。なぜなら、自身の叔母はその両方が男子より強いからだ。だが、そういうものなのだと納得したのも確かだ。柳生の門弟にも、数少ないが女子はいる。膂力は劣るが、男子に負けるものか、という気魄はすさまじい。そして、それぞれの信じる道へ突き進む精神力も。ゆえに、女子であっても男子と遜色なく腕が立つ。
それを女子だから、と口さがなくいうのは、男子の負け惜しみ以外のなにものでもないのだ。
『いい娘だ、ケイト。ならば母さんを助けてくれるね?』
『もちろん』
しっかりと頷き了承する少女を、厳周は思わず抱擁していた。それは、抱擁というにはあまりにも強すぎた。
「とられちまったな、八郎?」
永倉は、「手柄山」を帯びながら、厳周とケイトをみている伊庭の背にいった。その声音には、なんともいえぬものがこもっていた。
「ほら、「安定」が待ってるぞ」永倉は、帯刀を終えると馬車の荷台から伊庭の愛刀をとり、横に並んでから差しだした。
「ええ、振られました」伊庭は、義手を差しだし愛刀を受け取りながら応じた。永倉が伊庭の端正な相貌をのぞきこむと、伊庭の表情もまた、なんともいえぬものにいろどられていた。
「真面目か、八郎?おまえ、衆道だってんじゃねぇだろうな?」永倉は、上半身を心もち退きながら囁いた。
「まさか、しんぱっつあん。わたしは衆道にこだわりませんよ」と意味深な答え。
「そこじゃありません」
そして、つづきがあった。「厳周の家族はじつに複雑ですから・・・。せめて、好きな女子と平穏に暮らしてほしい、と願うだけです」義手は滑らかに動く。右の掌と遜色ない。
すばやく「安定」を帯びながら、伊庭のその視線だけは、弟分に向けられたままだった。
「ああ、そうだな・・・。おれは、剣ではいつかあいつを負かしてやりたいと思っちゃいるが、それ以外についちゃぁ八郎、おめぇに同感だ。ま、おれも衆道じゃねぇが、あいつに惚れ込んでるっていうこったろう・・・」
永倉もまた、少女を抱きしめる厳周から視線を逸らすことができないでいた。