戦闘員と非戦闘員
土方は一行をみまわした。
そして、そのすぐ隣、四十の鞍上で土方の息子が両の瞼を閉じて朱雀との同化を試みていた。
高く広い空。燃えるような真っ赤な夕陽が、西の地平線へ沈もうとしていた。それはそれは大きな夕陽である。夕陽は、まるで大地に吸い込まれていくようだ。
視線が下方へと移った。鷹の視力は抜群にいい。上空から地上の小動物を発見し、そのまま下降し、その鋭い鉤爪で的確に掴むのだから、当然よくなければなしえぬ。
人間の八倍はいいといわれている。
その瞳は、つぎは地上で巻き起こっている土煙をみていた。わずかに高度を下げる。
やはり騎兵たちだ。土方らのいる方向へと全速力で騎馬を駆っている。
数は二百以内。そのなかに、みかけた相貌があるのを朱雀の両の瞳がとらえた。
さきほど追いかけてきて、無礼極まりない発言をした小隊だ。
その時点で、朱雀はふたたび高度を上げた。暮れゆく空で大きく旋回すると、飛んできた方角へとまた飛翔した。
息子から報告を受けると、土方はふたたび一行をみまわした。その土方を息子が、その反対からは義理の兄が、それぞれ無言でみつめている。
そして、いまや全員が土方をみていた。
迷う必要などなにもない。
『みんな、きいてくれ』
すでに歩みは止まっていた。鞍上から、あるいは馬車上から、耳目ともども土方に注目した。
『ほとんどの者が気がついていると思うが、背後に騎兵の一個中隊が迫っている。朱雀の物見で確認済みだ。街の銀行のところにいた連中だ。おそらく、先ほどの強盗団が誘いを断られた腹いせに、騎兵たちに偽情報を流し、騎兵たちはそれを真に受け、われわれを追いかけてきているんだろう』
全員が無言で頷いた。
土方は、間を置く為に再度全員をみまわした。あいかわらず、身内はやる気まんまんだ。みなが一様に、緊張と期待のこもった瞳で土方の視線をしっかりと受け止めた。どの瞳も、「任せておけ」と主張している。
頼もしい身内だ・・・。そんな仲間たちを、土方は頼もしく、そして誇らしく思った。
「父上、この先一里(約4km)のところに、小さな集落がございます。十件ほどの家屋がありますが、人間の気配は認められません。すぐ近くには沢があるようです」
朱雀は、ひきつづき一行の向かう先も偵察していた。それがみた光景を、幼子が声量を落として報告した。
「主計、利三郎、鉄、銀、良三、女性たちとイスカとワパシャ、ジム、スタンリーとフランクを連れ、先に進むんだ」
主計を除き、指名された者たちはあきらかにがっかりした表情になり、野村と市村にかぎっては、口唇を開いて文句をいおうとした。
「承知!」それよりはやく、相馬が了承した。
「かならずや護りきります」相馬は、土方の意図を明確につかんでいる。
相馬がそう応じることで、野村や市村も開きかけた口唇を閉じるしかなかった。
「残りの連中は得物を帯びよ。そして、拳銃とライフルを準備しろ」
「承知」
了承後、全員がいっせいに下馬して準備にかかった。
「あなた・・・」「信江、子らを頼む。主計を助けてやってほしい」
土方もまた準備をしているところに、妻が近づいてきた。信江は、夫からそういわれるとにっこり笑って頷いた。
夫のいう子ら、というのは若い方の「三馬鹿」とケイト、そして、相馬と野村のことである。信江は、そこに自身らの愛息が入っていないところがおかしかったのだ。
土方は、周囲をちらりとうかがってから妻に掌を伸ばしかけた。が、諦めた。息と気を潜めた者が、それも複数いることに気がついたからだ。それでも、妻を安心させる為、相貌を妻のそれへさっと近づけ、その血色のいい頬に軽く口付けた。ひそかに様子をうかがっている身内たちを、「おおっ!」と興奮させただろう、と思いつつ・・・。
「「すべての動きを止める鬼」と「意のままに操る神」の力を信じていますわ、あなた」
さすがは「鬼の副長」の妻にして「柳生の女剣士」だけのことはある。夫の心中にある策をよみ、そう囁いてから、ふたたび微笑んだ。
「ああ、おれと、おれたちの息子とでやってみる」
土方は、妻とともに兄貴分たちを手伝っている息子をみた。無論、それを察した息子も両親のほうをみる。
はにかんだ息子の笑みに、夫妻はしれず互いの掌をとりあったのだった。




