実感と憤り
富士の鞍上で、土方は憤っていた。
先ほどの騎兵の無礼に対して、だ。それは、自身の妻とケイトに対してだけではない。むしろ、それ以上にイスカとワパシャ、そしてジムに対してのことだ。
人間を、まるでもののように扱っている。それはなにも先ほどの騎兵だけではないのだろう。ごく自然にそういう感覚が身についているのだ。フランクやスタンリー、そして、ニック夫妻には感じられないものを、この亜米利加に住まう多くの者から感じられる・・・。
そして、それを感じているのは土方だけではない。その身内全員が等しく感じていた。実際、永倉や原田などは、不快感を隠そうともせずご機嫌ななめであるし、沖田や伊庭は、表情にはださずとも不機嫌そうにしている。
やはり、街は避けたほうがいい。一行は言葉数すくなく街をでてゆこうと先を急いだ。
「ついてきているな、いかがいたす?」
金峰が富士に近づいてきたのは、街をでたころだった。この夜は、寝台で眠れるかもしれない、温かい食事ができるかもしれない、と全員が淡い期待を抱いていたはずだ。が、いまはだれもが、一刻もはやく街を離れたがっていた。この夜も星星と月をみながら、缶詰や固いパンで食事し、夜風に抱かれて眠りたいと思っていた。
そこにきて、いまや日の本の人間はそれに気がついていた。距離を置き、近づいてくるその気を・・・。
「害意はないようですね、義兄上?」
土方は、富士を歩ませたまま相貌だけを義理の兄に向け、確認した。
「ああ、いまのところは。が、目的はわかっておる。そして、それに対するわれわれの対応も。さらには、そのわれわれの対応に対する連中の反応も」
土方の義兄は、そういってから両の肩を竦めた。
「致し方ありますまい。放っておいたらどこまでもついてきそうだ。追っ払うしかなさそうです」
「が、そうなれば、われらは先ほどの騎兵どもを相手どることになるだろう。連中がそう仕向けるだろうしな」
柳生の兵法家は、すでに起こるであろう将来まで予見している。
「もっとも、騎兵どもを呼ぶのは、いまから会う連中ではなく、こいつらやもしれぬが・・・。そろそろ痺れをきらしておるのやもしれぬ・・・」兵法家は、四本しかないほうの掌で軽く自身の胸を叩いた。
「義兄上・・・」
土方は反論しかけた。こんなささいな問題にまで関与するほど、うちなるものが暇をもてあましているとも思えない。
「すまぬ・・・」それをよんだ厳蕃は、自身の胸からその掌を上げ、義理の弟の口唇を閉じさせた。
「副長っ!だれがゆく?」
そのとき、永倉と原田がそれぞれの騎馬を寄せてきた。
まったく、ここの連中は察しがよすぎるし、よみすぎだ・・・。土方もその義兄も内心苦笑した。
「新八、左之、得物は?」
「無論、ぬかりはない」土方の問いに、永倉が答えた。
一行は太刀は帯びていない。帯びているのは拳銃だ。肩から、あるいは腰に、拳銃嚢を装備している。それは、この亜米利加に合わせているだけだ。実際は全員が腰、あるいは懐に小刀か軍用刀を隠しもっていた。危急の際、どちらを遣うかと問われれば、無論、後者だろう。
「丁重に迎えろ。紳士らしく振舞ってくれよ」
「承知。いわれるまでもなく、おれたちは紳士のなかの紳士さ」 原田が笑いながらいった。
そして、二人は馬首をもときた方向へと向けると同時に拍車をかけた。
『さあみんな、客人たちを招くぞ』
土方が一行に告げるまでもなく、身内はすでに承知していた。