わがまま坊主
土方親子が戻ると、みな、強盗の兄弟のことをききたがった。
『まだ若いな。二十代後半かそこらだろう』
土方は抱いていた息子を四十の鞍上に乗せながらいった。その横で土方の妻が立っていて、自身らの息子のことをにらみつけている。
にらみつけているのにはわけがあった。
路上で「抱っこしてー」とさんざん駄々をこねていたはずの息子。無論、それは演技であったのだが、問題は「自分の脚で歩ける」、と現実は父親に対して真逆のことで駄々をこねたのだ。
ことは、強盗たちをみ送り、仲間のところに戻る際に父親が息子を抱っこしようとしたときに起こった。
「みな、待っているだろう。この接触の結果をききたくてうずうずしているはずだ。坊、さぁおいで」
父親は息子に両の腕を伸ばした。それが自然な流れだと思ったからだ。だが、その意はみごとに打ち砕かれた。
演技とはいえ、ついいましがたまで路上で天を仰ぎ、掌脚をじたばたさせ、小さな体躯全身を使って「抱っこ」をすることを強要していた息子は、ぴたりとその動きを止め、口唇を閉じ、むくりと上半身を起こすと脚のばねを使って飛びおきた。そして、テンガロンハットやシャツ、ズボンについた土埃を掌で丁寧に払った。汚すと母親に叱られるからだ。それから父親をみ上げた。しかも、さりげなく距離を置いた位置から。それは、父親が伸ばした掌の届かぬ位置であった。
「歩けます、父上」息子は宣言した。とても冷静だと、父親は思った。
「わかっている」父親もまた冷静をよそおった。
「だが、公園にいくにはそこの通りを横切らねばならぬ。危ないだろう?」父親は、視線を通りに向けた。本来なら馬車や馬が通る道のはずが、いま、このとき、この機で通っているものはなにゆえか皆無だった。
「なにも通っておりませぬ、父上?ゆえに危なくありませぬ」さらに冷静な観察眼で応じる息子。
「いや、坊・・・」父親は苛立った。眉間の皺はいまやかなり濃く刻まれていた。苛立ちは自身と息子双方に対してだ。
なにゆえ素直に「おまえを抱きたいのだ」、といえぬのか。なにゆえ息子は抱かしてくれぬのか?こちらの気持ちをよんでいるはずなのだ。焦らされているのか?試されているのか?
これは、「いやいや」、「またこのつぎね」、「お馬なの」という女子特有の焦らし、とは意味が異なるだろう。
父親がそこまで考えたとき、息子の眉間に皺が濃く刻まれた。やはり、息子は父親の考えをよんでいる。そして、思いと望みはわかっている。だが、情けないことに、父親が息子の考えや思いをよむことはできない。あらゆる意味において、はやくもその力に差がありすぎるほどあるからだ。
なにゆえ素直に抱かせてくれぬのか・・・。これは、一般的な父親として贅沢な悩みなのか・・・?
無限大、もしくは泥沼になりそうな考えに陥りかけた父親。そのとき、天から一喝が鳴り響いた。
「なにをされているのです、あなたたちは?勇景っ!父上にわがままを申すものではありませぬっ!」
夫は、わが瞳を瞠ってしまった。突如現れた妻は、なんと、小さな大神の首根っこをむんずと掴むと、そのまま宙へと引き上げたのだ。掌脚をじたばたさせ、抵抗する息子。それを、まったく意に介すことなく宙吊りにする妻。息子の抵抗はしだいに弱くなり、そして、ついに止んだ。
「父上はあなたを抱き抱えたいのよ、勇景っ!それをわかっていながら、いったいどういう料簡なのです?」妻は息子の耳朶に怒鳴った。「恥ずかしいのです」消え入りそうな声音で答える息子。
宙吊りの状態は、まるで肉食獣の口に咥えられた瀕死の小動物のようだ。
「あなたっ!」そして、ついに矛先が夫に向けられた。「それはどういう比喩表現なのです?それに、先ほどの女子の表現のくだり、お馬、なんてことまで持ちだして・・・。あなたの心のなかは、通りの向こうまでだだ漏れでしたわ」
はっとして通りの向こうに視線を向けた夫の瞳に映ったのは、いうまでもなくにやにや笑う仲間たちの相貌。そして、これもまた当然のことながら、沖田の表情はほかのだれよりもはるかに明るく華やいでいた。
「さあっ、いきますわよ」妻は、夫につかつかと近寄った。そして、片方の掌に握るものをそのまま夫の胸元に押しつけた。それから、背を向け通りの向こうへとずんずんと歩いていってしまった。
「とっても怖ろしい」父親の胸に顔を埋め、振るえ慄く息子。
「おれもだ、息子よ」息子をしっかり抱きしめて慰める父。
結果了解、といったところだろう・・・。おそらく・・・。




