トラブルがやってくる
アイオワ州コリドンは、大陸横断をする駅馬車の駅がある。そこそこの規模の街で、街にはたくさんの店や各機関の役所があった。
『銀行強盗ってのがいてね』
一行は、小高い丘の上から街をみていた。
そう切りだしたのは。阿蘇の鞍上にいるフランクだ。阿蘇はもとからいた馬だけでなく後から加わった馬たちのなかにあっても一番小さい。小柄なフランクにぴったりだ、と相棒のスタンリーはからかう。
ある日の午後だった。フランクの指の指す先には幾つもの通りが整然と配置され、ビルや家屋が立ち並んでいた。
紐育よりかはずいぶんと規模は小さいが、それでもここ最近ではお目にかかったことのない本物の街に、みな、興奮を隠しきれなかった。
『なんだって?強盗?それが銀行ってのを襲うのか?』
原田が頓狂な声音で尋ねた。
『おいおい、銀行ってのを前に説明しただろう、サノ』
小さなフランクが大きな原田にいった。
『そこには多くの人が有り金を預ける。たんまり金がある。でっかい金庫があってな。それを破って奪い去る、というわけだ』
『でっかい金庫?冗談じゃないぜ、フランク?どうやって破るっていうんだ?』
つぎは永倉が頓狂な声音を発した。
金庫についてもきいていた。だが、みたことはない。それを襲うとなるともはや想像すらできそうにない。
『爆破したり、単純に銃をぶっはなしながら押し入ったり、内通者を利用したりかな?強盗団だけじゃないぞ、ときにはインディアンだって襲うことがある』
なあ?とでもいいたげにフランクはやはり自身よりもはるかにでかいスー族の二人をみた。
『ええ、そのとおり。街のできる地域の部族たちは、強制的に移住させられたり追い払われました。つまり、土地、生活、すべてを奪われたのです。政府がそれについて補償や援助をしてくれるのは、最初のうちだけです』
呪術師のイスカが説明した。ここにもこれまでと同じような事例がある。そして、被害者でありながら加害者に、静かで平和な暮らしから騒擾と非難へと、それらは暗転するのだ。
『それだけではない。先の戦争で行き場を失った軍人、こういった者たちも強盗をして生活の糧を得ている。この前のようにな』
スタンリーが継いだ。
『それにしても、でかい街だな。あの通りってやつは?まるで紙に絵を書いたようだ』
馬車の一台を馭している野村が馬車上で立ち上がりながらいう。
『馬鹿いってんじゃねぇ、利三郎。京だって同じだ。同じように道ができてた。毎日、歩いていただろう、えっ?』
土方が苦笑とともにいった。
『そうだったか?歩いてちゃわかんねぇよな。こういうふうに眺めたこともなかった』
永倉もまた苦笑とともにいった。毎日毎日、暑い日も寒い日も、雨の日も雪の日も、巡察で闊歩したものだ。
『あの趣味の悪い浅葱色の隊服をまとってね・・・。それにしても、あれはひどかった。新撰組の悪しき歴史ですよね、副長?』
『なんだと馬鹿総司?ありゃおめぇの敬愛する近藤局長の発案だ。おれは反対した』
だれもが思いだしていた。評判のすこぶる悪かったいわくつきの隊服のことを。そして、それを考えた近藤のことを・・・。
『おいおいおいおい、やめてくれ。嘘だと申してくれ』
そのときだ。一行の後ろのほうから呆れ返ったような、非難するような、それでいて諦めたような声が起こった。
全員が振り向いた。そして、そこに渋い表情をした金峰の鞍上の厳蕃と、四十の鞍上に立ち上がり、両の瞼を閉じ精神を集中している幼子をみたのだった。
『問題がやってくる』
甲高い声音と同時に、空から朱雀がその小さな肩に舞い降りてきた。
騒乱再び、とだれもが心中で唸った・・・。




