添い寝の相手
夜は、焚火を焚いてその周囲にそれぞれ思いの場所に毛布を敷いて眠る。信江だけが馬車の荷台に毛布を敷いて眠っている。
ケイトも信江と一緒に馬車の荷台で眠ることになった。それも最初は厳周の側でないと、ということで最初の二、三日は厳周が添い寝をしてやった。が、やはりそれはまずかろう、という話になった。それに厳周は夜半に鍛錬をする。二、三日もすると、同性ということと、ケイトも信江となら一緒にいても心を許すようになってきた、ということから、馬車の荷台で信江と一緒に眠ることになったわけだ。
問題はそれだけではなかった。
土方と信江の子もまた、寄り添う相手のえり好みが激しかった。柳生親子と深夜の鍛錬をする為、たいがいは育ての親である白き狼と眠った。
問題、というのは、手首の傷から熱っぽい状態がつづいたときに起こった。鍛錬をさせてもらいたくても、山崎に強く駄目だしをされ、安静にしていろと厳命されたのである。
「坊、さあおいで。火の側で一緒に眠ろう」
父親が両の腕を胸元で広げ、息子を誘った。息子は、しばし逡巡した後、おずおずと近寄った。だが、その歩が不意に止まった。すると、小さな掌でこめかみをおさえ、両の肩が激しく上下しはじめたではないか。
「いったいどうしたというのだ、坊?」父親は驚いた。近づこうとすると、今度は逆に息子は父親から後ずさりはじめた。小さな相貌は真っ白だ。あきらかに具合が悪そうだ。
それをみていた信江は、自身の兄のほうをみた。すると、信江の兄もまたこめかみをおさえ、眉間に皺を寄せて甥と義理の弟の様子を苦しげにみている。
どちらも暗示によって苦しんでいるのだ。そして、幼子にいたっては、暗示以前に前世の精神的負担によって最初から他者を受け付けないのだ。それがたとえ父親だろうと母親だろうと。否、父親、漢だからこそ、余計に拒絶するのだろう。
怯えた瞳が父親を、そして、母親、伯父と順に向けられる。
その様子を、一行に加わったばかりのケイトもまたみていた。驚きとともに。傍らの厳周にしがみついた。厳周は、自身の従弟に駆け寄ろうとしたが、それによってできなくなった。
『あー、すまない。わが子は、どうやら人間のすべすべした肌より、わたしのふわふわもふもふの毛皮に包まれぬと眠れぬらしい』
みるにみかね、育ての親が育ての子に駆け寄った。
「父さん!」息も絶え絶えに、育ての親の頸に小さな両の腕をまわす幼子。こめかみの痛みはひどく、くわえて精神がざわつく。昔の情景に、もう一つなにかがかぶさっているが、靄がかかっていてよくわからない。それが幼子を不安にさせるのだ。昔の情景も不安で怖いが、それ以上のことがあったのだ。それが余計に怖ろしい。暗示によって封じられていることもまた、よりいっそう不安をあおった。
『さあ、そこの岩の上で眠ろう。ふわふわもふもふに涎をたらしてもいいし、おねしょをしてもよいぞ』
育ての子をあやしつつ岩の上に向かうのを、全員が声もなく注目している。
『どっちもしないよ、父さん』
幼子は、かろうじてそういった。幼子は、そう演じるのが精一杯だった。