子に叛かれた父と性悪の母子
ケイトの親類であり、いまや保護者となった農場主のマットへは、厳蕃と信江、そして、幼子と島田、白き巨狼が説明と許可を得る為使者として農場へと引き返した。
幼子をのぞいて、あからさまに反対した面子ではあるが、かれら自身が希望したので、だれもとくに反対することもなかった。
使者としての役目は、とくに支障も問題もなく終えた。
言葉は悪いが、マットらも少女の扱いに今後苦慮することがわかっていたし、そもそもその存在すら知らなかったのだ。
面倒みてくれる、という者が、たとえみず知らずの異国人の集団であっても、許容するだけの寛容さがあったのだ。というよりかは、いい厄介払いができた、というのが本音だろう。
いい意味でも悪い意味でも閉鎖的な世界だ。農場にいても、少女がいらぬ噂の的になるのはわかっているのだから・・・。
「結果的にはよかったのかもしれませんね」
農場をでてしばらくすると、島田がぽつりといった。それぞれの鞍上でそれぞれがそれぞれの思いにとらわれているところだった。
「すくなくともかのじょは、かれらといるよりわれわれといるほうがまだ居心地はいいだろう」
ふんっとばかりに厳蕃が同意した。
『愛する息子に背かれた父親の図、だな』
白き巨狼の思念だ。そこには厳蕃に対する嫌味だけではない。どこか誇らしげな響きもこもっていた。そして、その想いは、信江や幼子も同様だった。
「厳周もまだまだ子どもだと思っていましたが、父親に逆らうほど成長していたのですね」
「なんだと、信江?父に逆らうことが成長、と申すのなら、どこかの性悪など姿形ばかりが可愛らしくてその本性は偏屈爺そのもの、ということになる」
四十の鞍上で、偏屈爺と断言された可愛らしい姿形の眉間に、皺が濃く刻まれた。
「失礼なことを申されるな、叔父上。従弟殿が「性悪の甥の影響」などと、なにゆえ思われるのか?それが従弟殿自身の本性、となにゆえ理解されぬのか?そちらのほうがわたしには理解できませぬ」
「ややこしいことを申すな、この性悪の甥めがっ!そもそも、おまえがこの騒動を引き起こしたのだぞっ!性悪の甥がゆくところ、危険と問題だらけではないか!それを喰らい、尻拭いをさせられる叔父が哀れでならぬ」
金峰の鞍上で、厳蕃が大人げなく甥にあかんべえをしてのけた。
叔父甥ともにまるで幼い餓鬼だ。もっとも、甥は幼い餓鬼、ではあるが・・・。
刹那、厳蕃の首根っこを掴んだ者がいた。
信江だ。厳周から借りた大雪の鞍上からいつの間にか金峰のそれへと移り、しかも厳蕃の背後をとっていたのだ。
「兄上、先ほどはわたくしが強い、とお褒めいただき光栄でしたわ」
背後から兄の頸の根を掌で握ったままじょじょに力を加えてゆく信江・・・。
「の・・・信江・・・やめぬか・・・!!・・・」
そして、その反対側、つまり、厳蕃の前には、四十の鞍上か幼子が移ってきていた。金峰の鞍上で器用に立ち、にやにや笑いながら伯父をみ下ろしている。
「なにゆえ、わたくしが頸と殿方の大切なところを同時に斬り離すなどと申されるのです?」
信江が後ろから厳蕃の右の耳朶に囁いた。
「母上なら同時に両方とも握り潰しますよ、そのほうがより効果的だ」
そして、前から幼子が左の耳朶に囁く。
「性悪の母子だ・・・。性悪の母子だ・・・」
震えあがった厳蕃の呟きが、のどかな田舎道に流れてゆく。
島田が笑いだした。そして白き巨狼もまた・・・。
少女を同道させたい、という気持ちは同じだ。が、辰巳をみた、ということで少女を怖がらせたことも事実。
複雑な思いがあり、それが双方に壁となっていることも否めないでいた。




