子の反抗
『ジムは大人だ。一人で生きてゆける。あるいは、おれたちになにかあったとしても、一人で生きてゆけるだけの力がある。ですが、かのじょにはそれがありません。かのじょを同道させるのなら、われわれがかのじょの保護者として最後まで責任をもたねばならない。漢の性も含め、途中で放棄したり絶えさせることはけっしてできない。その覚悟はあるのか?』
幼子を抱いたまま、島田は歩を進めた。すぐに厳蕃、そして信江がその意図することに気がついた。
『なにゆえわたしをみる?おいおい、わたしはこれでも狼神、神だぞ。なにゆえ人間の娘の面倒をみなければならぬ?』
島田の意見の後、柳生の一族を除いた全員が白き巨狼をみた。このなかで確実に生き残れるのは、神自体を依代にしているものだけだ。厳蕃は不老ではあっても不死ではない。幼子も不死ではなく、不老についてはまだ秘密だ。
『まってくれ。それもおかしな話だな。二人の育て子は、どちらも人間の子だろう?』
永倉は反論してすぐにしまったと思った。どちらも神の依代、ただの人間の子ではない。
『魁の申す通りだ。新八の申すこともよくわかる。が、やはりかのじょはかのじょのいるべき場所で暮らすことが幸せなのだ。わかっているのに茨の道を歩む必要などない。われわれが歩ませる必要もない』
『いま一つ、坊はかのじょの父親を、理由は兎も角傷つけている。結果的に助けたことにはなっても、かのじょにとってはそれを目撃したことは衝撃的だったでしょう。こんな幼い坊でも、かのじょには脅威になるはずです』
島田が引き取った。
また沈黙が訪れた。
『ごめんなさい、ごめんなさい・・・』
少女は、自身が揉め事を起こしてしまったたことに萎縮し、泣きながら厳周に幾度も幾度も謝った。虐待を受けつづけた者によくある気の弱さだ。
それを苦々しい表情でみつめる永倉、そして伊庭。
言の葉でいいくるめるのは難しい。そう実感した。
『大丈夫、ケイト』少女の頭を撫でながら宥める厳周。それから、あらためて少女を抱きしめた。
少女を胸に抱いたまま相貌を上げ、それを土方に、ついで父に向けた。
『わたしは残ります。マットの農場で働かせてもらいます。ケイトが落ち着いたら、かのじょを連れて|日の本に戻ります』
そして、そう告げた。悲壮なまでの表情、同様の想いが声音にもにじんでいる。
「くそっ、わが子は性悪の甥の影響を受けたに違いない」
信江の耳朶に、日の本の言の葉による厳蕃の小さな嘆きが飛び込んできた。
信江は苦笑した。信江が夫をみると、夫も信江をみていた。やはり苦笑している。
ええ、かならずや護りきりますよ・・・。信江は新しく加わった異国の少女が心身ともに健康で幸せに過ごせることを、身近にいる神々に祈らずにはいられなかった。
また一人仲間が加わった。
晴れ渡った大空に、それを祝福するかのごとく大鷹が優雅に舞っていた。




