女子(おんな)と漢(おとこ)の違い
『おいおい鉄、おまえは妹の真の力を知らぬからそのようなことを申せるのだな』
厳蕃は苦笑した。
『妹に掌などだしてみろ、鉄?瞬きをする間もなくおまえの大切な箇所二つが同時に切り離されることになるぞ』
そういいながら、厳蕃はまず頸の前に手刀を翳すとそれを左から右へ移動させ、さらにそれを下半身まで下ろすと同じことを繰り返した。
市村は、両方の掌で自身の下半身のほうの大切な箇所を隠した。頸、ではなく、だ。
否、市村だけでなく数名が同時に同じ行動をとったのには驚きだ。
いやいや、それ以前に突っ込みどころ満載の厳蕃の予言を、いまこの場面で突っ込む者はさすがにいなかった。
『妹は自身を護れる。強い。だが、かのじょは違う。自身を護る力はない・・・』
『そういいきれますか、師匠?』
永倉が遮った。意外そうな表情で永倉をみる厳蕃、そして仲間たち。
『まさかおぬしが剣術や体術をかのじょにてほどきするとでも申すのか、「がむしん」?』
『ええ、それもいいかも。女子は漢より非力で弱い。本来ならその弱い女子を護るべきが漢です。それが、おれと左之の持論でしてね。それはずっと昔からかわらないものです。そして、できうるかぎりそれを実践しているし、その努力を怠ったこともない』
永倉の説明に原田、そして藤堂もおおきく頷いた。
土方、そして信江もまたその信念をよく知っている。
『ある漢に教えてやりました。ああ、総司に斎藤もこれについては賛同してくれてますが、こいつらはいかんせん、女子と縁がないときている』
失礼な、といいたげな表情にはなったが、沖田も斎藤も口唇の外にはなにもださなかった。
『その漢は生真面目に受け取り、やはり生真面目に受け継いでもくれました・・・』ぽつりと付け足すと、永倉は頭上のお天道様に視線を向けた。悲しみを振り払うかのように。
くれました、というところから、その漢が死んだであろうことがうかがえる。
『それは兎も角、それも一つの方法かもしれませぬが、おれがいいたいのはそこではありません。たとえ強かろうがなんだろうが、すべての局面において強さだけでのりきれる、というわけではないということですよ』
お天道様から土方に、それから信江、厳周、島田に抱かれている幼子、最後に厳蕃へと、いまからいおうとしているものの身内を順番にみてから永倉はつづけた。
『仲間が捕まり、その仲間をかばう為、あるいは仲間に危害がおよばぬ為、仲間に機会を与える為、力があるにもかかわらず犯されたり捧げなければならないことがある・・・』
永倉は市村に近寄るとその頭を撫でた。そうだよな、鉄?とでもいうように。
『もしもおれたちのだれかが敵に捕まり、敵が姐御の身を要求すれば、姐御は迷わずその身をていするはずだ。あるいは、副長が死ぬようなことがあったとして、そこにおれかだれかが慰め口説けば靡くかもしれない。ケイトだってそうだ。農場にも漢がたくさんいた。いまだってこれだけ可愛いんだ。成長すればもっときれいになる。なにがあるかわからないのは農場でだって同じだ。生命については、たしかに危険にも晒されるだろう。さっきの話じゃないが、おれたちはかのじょに自身の身を護れるだけの手解きはするし、実際はおれたちが護る。それは無論、かのじょだけではない、姐御も同様に、だ。それがおれたち漢の務めだからです』永倉は厳蕃に詰め寄った。
『なぁそうだろう、厳周?かのじょにとっては坊が救い、おまえが親身に接した。二人はかのじょの騎士ってわけだ。副長、そして師匠、今回は厳周に決定権を委ねてやってくれ。おれたちはそれに従う』
土方も厳蕃も言の葉を失っていた。同様に、厳周も少女を抱きしめたまま呆然としている。
少し離れた位置でその様子をみている島田と幼子。幼子はさりげなく島田の大きな頸に抱きつきその耳朶に囁いた。
「もうかのじょを連れてゆくしかないでしょう。ですが、かのじょはわたしを怖れている。わたしをみたからです。わたしがかのじょに近づかないことを示唆していただけますか。叔父の援護を願います」
島田は、幼子、ではなく辰巳と視線を合わせてから囁いた。
「そうとはかぎらないぞ、坊?おまえもかのじょも精神的に前に進むいい機会なのかもしれぬ」
辰巳はなにも返さなかった。




