激論
厳蕃は両の掌をを宙に上げるとそのまま振り下ろした。もっていきようのない想いを、怒りを鎮めるかのように・・・。
『あなた・・・』信江が土方に近づいた。土方が信江の瞳をしっかりと合わせるのを待ってからつづけた。
『あなたの仰ることも兄の申すことも、どちらも道理です。ですが、どちらも理不尽です。結局、どちらの側からもかのじょをかのじょとして考え、案じていないからです』
信江の夫も兄もそれぞれ口唇を開きかけたが閉じた。
そのとおりだ。根底にそれがあるのは、双方ともに否めない。
『それに、それ以上にここには若い殿方が多すぎます。無論、だれもが紳士です。ですが、これから四六時中一緒にいれば、いつなんどきなにが起こるかわかりませぬ。それはここにいる紳士のだれにもいえること』
『じゃあ母さんは?母さんだって女子でしょう?そういう意味でいってるんだよね?母さんは大丈夫なのに、かのじょは大丈夫じゃないっていうの?』
失礼極まりなく、突っ込みどころ満載の主張をしたのは、やはりこの男子、市村だ。
こういう真剣な場面でなければ、信江によって確実に淘汰されていただろう。
『ここにいるのは健全な漢ばかりだ。年齢に関係なく、なにが起こっても責任はもてぬ。互いが互いを見張るわけにもいかぬ。そうなれば、かのじょを余計に傷つけることになる。それでもよいのか?』
妹の援護にすかさずのっかった厳蕃は、ここぞとばかりに反撃を開始した。ひとりひとりに語りかけるがごとく、しっかりと目線をあわせてゆく念の入れようだ。
これにはさすがに反論できない。漢の性だ。ここに神はいても聖人君子はいない。その神にしてさえ、厳蕃、それから幼子も成長すればどうなるかわからない。
決まりだな・・・。厳蕃は、自らの息子とそれに縋りつく少女へと向き直り、歩を進めようとした。
『待ってください、師匠っ!』そのまえに立ちはだかったのは市村だった。まるで、厳周と少女を護るかのように毅然と相対した。
『だったら、母さんもここに置いてゆくべきです。そうでしょう?母さんだって女だ。ここにいる漢すべてがよからぬことを考えないっていえますか?』
それは絶対ないない、とだれもが心中で突っ込んだ。なぜなら、「鬼の副長」の妻なのだ。その上、信江自身が強い。その力は一行のなかでも上位に入ることはすでに証明済みだ。
いったいだれが掌をつけるというのか・・・。
だが、そのとんでもなくずれた提案にのっかるしかない。永倉と伊庭は視線を合わせた。同時に、頷き示し合わせた。
そう、のっかるしかない。




