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後始末

 おとこは、この農場主のマットとは遠い親戚のおとこであった。

 あるとき、どこからかやってきて農場の端の方に丸太小屋ログ・ハウスを立て、そのまま住みついた。親戚づきあいどころか、あらゆる付き合いをせず、そのわりにはふらりと母屋にやってきては喰い物をせびっていた。

 そのおとこに娘がいたことなど、だれも知らなかった。ただ、放牧中の牛や馬の数頭が、窓からその娘をみていた。それを幼子がきいたのだ。

 少女は、マットが引き取ることになった。そして、少女の父親は身一つで農場から文字通り叩きだされた。今後、農場近くでみかけるようなことがあれば、容赦なく撃ち殺すとの忠告付で・・・。


 信江が一番大変だった。

 夫を含め、ごまかすのは不可能だ。それをいうなら、甥も白き狼もいい含めるには深刻すぎた。ゆえに、下手なごまかしはせずに真実の一部のみを伝えた。もっとも、それで納得した者はいない。だが、当人たちがよく覚えていないので致し方ない。

 なにがあったかは知らぬが、当人同士で暗示をかけ合い、その間の記憶を封じられているらしい。そうなれば、だれもなにも確かめようもない。

 信江の甥と白き巨狼だけは、当人同士、というわけではなく、どちらかは信江自身がかけたものであることに気がついている。だが、怖くてきけぬのだ。

 手首を切り裂くなど、自傷行為以外に考えられぬ。辰巳がおとこを傷つけた罪の意識で手首を切ったことは間違いないだろう。だが、そこになにゆえ厳蕃までもが・・・。

 二人の間にいったいなにがあったのか・・・。

 そして、それはそのまま島田の疑問でもあった。

 イスカとともにやってきた島田は、厳蕃と辰巳・・の血まみれの姿を目の当たりにし、心中では驚き、動揺したとしてもそれを表にだすことも口唇の外へ漏らすこともなかった。むしろ、それを外にだしている厳周を落ち着かせ、信江をなだめ、ある程度の推測をした上で、保護した少女のことも含めて淡々と対処したのだ。イスカもまた口も疑問もさしはさむことはなかった。島田とともに動いてくれた。

 かくして、少女は新しい家族とともにすこしずつでも癒され、人間ひととしての当たり前の生活と幸せを掴むことができるだろう。否、ぜひそうあってもらいたいものだと切に祈らずにはいられない。

 少女のことに関しては、動物たちと幼子のお陰なのかもしれぬ。


「魁さん、あなたがいてくれてよかった。あなたに気づいてもらっていて真によかった・・・」

 夫も含めた全員が、山崎の治療を受ける厳蕃と幼子を取り囲むのをみながら、信江は、島田に感謝を述べた。

「姐御、あなたは?あなたは大丈夫なのですか?」

 柔和な表情かおで信江をみ下ろす島田。信江は苦笑するしかなかった。島田といえど、真実はけっして口外できぬ。

「無理なさらないで下さいよ。姐御は、わたしたちにとって大切な存在なのですから」島田のやさしさが、信江の良心に呵責を与える。

「この先、坊はますます厄介ごとを背負い込むことになるでしょう。あなたも師匠も、それに翻弄されることになる・・・」

「ええ、その通り・・・。おっしゃるとおりですわ・・・」

 信江は呟き、大きな溜息をついたのだった。


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