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『遅いではないか?』

 白き巨狼は、苛苛のあまりあたってしまい、すぐに後悔した。なかにいる二人とは、濃い血の繋がりのある者たちだ。その案じ方は尋常ではないだろう、と思いいたったのである。

 その証拠に、足許に駆け寄ると、信江は迷わず両膝を折ってその頭をぎゅっと抱きしめた。

『いかが致した?らしくないのう・・・。抱きしめられてうれしくないこともないが、ここはやはり抱きしめる相手が違うのではないのか?』

「承知しています。ですが、こうせずにはいられないのです。わたしは女子おなごですから・・・」

『ふむ・・・』といってはみたものの、女子おなごであることから抱きしめられる理由がよくわからなかった。

「二人は?なかですか?」

 厳周は動揺を必死で耐えているようだ。それがまた健気で、信江に抱きしめられながら両のを細め、もう一人の依代の資格を持つわが子・・・をみ上げた。

『そうだ。なかに入ったままずいぶんと・・・。いや、実際のところは四半時(約三十分)くらいであろうか・・・。それでもなにもわからず外で待たされている身には、永遠に感じられるというものだ』

「ここは?」厳周は、眼前に佇む丸太小屋ログハウスを観察した。さほど大きくはない。母屋からずいぶんと離れているが、雇い人の家だろうか?わずかに異臭がする。家屋内から流れでてくるそれに、血の臭いがかすかに感じられた。

『わたしには感じられぬ。これはおぬしら血族の者にしかわからぬのであろう?あの厳蕃が相当動揺しておったからな。わたしまで気が気ではない』

「従兄殿は、なにゆえかようなところへ?」

『おそらく、畜舎にこもっていたときに動物からなにかをきいただのろう』

 二人と一獣は同時に丸太小屋ログハウスをみた。

『信江、兄と甥、どちらを選ぶ?』

 その思念に、信江は抱く力を緩め、小屋から白き狼に視線を戻した。厳周もはっとして叔母たちをみ下ろした。

『子、ではなく甥だ。厳蕃と辰巳、どちらが大切か?』

「そんな・・・」呟いたのは、問われた信江ではなく厳周だった。厳周にとっては父と従兄、ということになるのだ。

 静かだ。この丸太小屋ログハウスの周囲にあるものといえば、裏側にひろがる木々と横手にみえる柵、そして頭上にひろがる満天の星星と上弦の月くらいのものだ。この広大な農場は、どこまでがマットの敷地でどこからがそうでないのか想像すらできない。

 不自然な間ができた。厳周は叔母がその無体ともいえる選択肢に逡巡しているのかと思った。

「それはできませぬ」ついに信江が答えた。「たしかに、意識は辰巳でしょう。ですが、あの子はわたしの胎内に宿り、この世に戻ってまいりました。それはもはや甥、ではありませぬ」

 信江は、白き巨狼のをしっかりと見据えた。互いにそらすこと叶わぬなか、白き巨狼は悟った。巫女の実妹は、そのこと・・・・についても気がついているのだ、と。

 血、なのか、それとも正妻の作用か、あるいは女子おなご、つまり母だからか・・・。人間ひとにしろ獣にしろ、そして、神ですら女というものは強くタフで聡い。

『そうだな、そうであったな・・・』

 完敗だ。白き巨狼は苦笑した。正妻のにまでいいようにあしらわれている。

「厳周、あなたは父上を信じていますね?」

 突如問われ、甥ははっとして叔母をみた。叔母もまた自身が育てた甥をみ上げている。

「なにがあろうと、父上を信じ、護ってやって下さい」

 いったい、なにがあるというのか?厳周はそのただならぬ気と感情から、自身の父親と従兄にまつわるなにかがあると察した。

 だが、なにが隠されていようと厳周の父親に対する想いにかわりはない。

「承知しております、叔母上。たとえなにがあろうとも、わたしは父を信じ、できうるかぎりお護りします」

『真にいい子だ。さあ、はよういってくれ。でかいのと呪術師シャーマンも呼んでおいた。なにかあったら知らせろ』

 でかいの、とは島田のことにほかならない。

「わかりました。参りましょう、厳周・・・」信江はもう一度白き狼の頭部を抱きしめてから立ち上がり、扉に向かって歩きだした。

「はい」そして、厳周もまた立ち去り際に白き巨狼の体躯にぎゅっと抱きついてから叔母の後を追ったのだった。


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