表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

244/526

暗示

「わたしを縊り殺すといい」

 こめかみの痛みがやっとひいた。暗示がとけたのだ。同時に、かけられたそもそもの内容について受け入れねばならなかった。それは、もはや人間ひととしてのレベルではない。人間ひととしての禁忌を犯したがゆえに、封じ込められていたのだ。

 こめかみの痛みは、甥がかけたであろうものだけではなかった。もう何十年も前にかけられたものだった。

 泣きたくなった。実際、泪が流れ、それをとどめることができなかった。俊章や師のことを非難する資格は皆無だ。それどころか、いまや二人の倍以上の罪を犯していた。

 母子ともどもに陵辱したのだ・・・。母子ともどもに、だ。

 厳密にいえば、母親のほうはたくみに操られてのことだ。神を降ろすのに一つの血、つまり帝の種子だけではたりなかったのか、あるいは依代の種子それも必要だったのか・・・。封じられた記憶は、人間ひと同士が行うような交わり、というよりかは種子を搾り取られた、という感じだった。それでも、交わりにはかわりないのだろう。性に目覚めるどころか、柳生の道場に通う兄弟子たちから、自慰について教えられ、気恥ずかしい思いをした位の年齢としだった。

 姉は、女神の依代でもある巫女は性悪だ。記憶を奪ったばかりか、巫女の生んだ子を愛するようにと暗示をかけた。そして、その子と交わるようにとも。なにがきっかけだったのかはわからない。暗示が解けなければ、きっとこの子を、甥のすべてを完全に破壊してしまっただろう。

 あるいは、甥自身の力によって解かれたのかもしれぬ・・・。


「答えになっていませぬ」馬乗りになったまま甥が叫んでいた。「柳生の大太刀」のときのように泣きじゃくりながら。またしても精神こころに傷を負った。わたしが負わせたのだ。人間ひとの愛を知らぬ哀れな子。孤独と破壊のなかで苦しむ子・・・。

 義弟と妹の子でありながら、そのは姉と同じもの。そこに姉がいる。愛する姉が・・・。そもそも家族を、実の姉を愛してしまった、ということじたい操られてのことだったのか?わからない、なにが真実なのか・・・。この子の真の父親と同じように・・・。

「それを知ってどうなる?」

 静かに尋ね返すと、頬を包む小さな掌がぴくりと反応した。

「それを受け止められるのか、辰巳?たとえ帝の子であってもけっして口外できぬことだ。それに、会うことも叶わぬ。すでにこの世におられぬのだから。だれの子であっても、おまえはだれにも認められぬのだ。辰巳であるかぎり、おまえは非嫡出子バスタードだ。ててなし子だ」

「あなたは、わたしのなかになにをみたのです、叔父上?」つぎは甥が問われたことに答えなかった。

「わたしと、否、わたしのなかにいる者とされたいのでしょう?するといい。存分にされよ。十歳とおになり、わたしがわたしとして完全に戻ったとき、わたしはあなたに抱かれましょう。たとえあなたが真の父であろうと、わたしは、わたしは・・・」

 単調な声音が、二人の血にまみれたわたしの耳朶に心地よく響く。まずい・・・。わたしは精一杯意識を集中し、それに抗った。

「叔父上、やはりわたしは転生すべきではなかった。わたしは大人へ復讐したい。それが神々の意志でもあるのですから。わたしは、わたしを傷つけた大人を殺します。いいや、人間ひとを・・・。わたしは、わたしはただ、主や身内や仲間に「いい子だ」と頭を撫でてもらいたいだけだった。辰巳でも勇景でもなく、主のみせかけの甥っ子佐藤龍として、新撰組の坊として、みなと一緒に過ごしたかっただけなのです・・・」

 訴えてくるその苦しげな声音に、わたしは立ち向かう気力を失ってしまった。

 最後に思ったのは、やはり性悪の母子だ、ということだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ